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Yuki Kojima「Take Off beyond the respect」

バグパイプといえばスコットランドという図式が単純すぎることは、アイリッシュ・ミュージックのリスナー、プレーヤーであればすでに周知のことでありましょう。アイルランドのイリン・パイプだけでなく、バグパイプはヨーロッパから北アフリカ、中央アジアに分布する楽器です。ノーサンバーランドのスモール・パイプ、スコットランドのロゥランド・パイプ、ブルターニュのビニュウやイタリアのサンポーニャ。先日はエストニアの Trad.Attack! がエストニアのパイプを披露していました。バッグが下に延びて、そこに横に並行に3本、ドローンが出ている特異な形は、その昔は海豹の皮が使われていた名残りでしょう。

スペイン北部にバグパイプの伝統があることはアストゥリアスのエビア、ガリシアのカルロス・ヌニェスの世界的成功によって、あまねく知られるところでもあります。一昨年、カナダはノヴァ・スコシア、ケープ・ブレトンでのフェスティヴァル、Celtic Colours では、20周年記念のオープニング・コンサートにカルロスが登場し、相変わらずの見事な演奏を繰り広げていました。

スペイン北部大西洋岸のバグパイプはガイタと呼ばれ、スコットランドのハイランド・パイプに近いサイズと音域を備えています。ちなみにブルターニュの伝統音楽のバンドというよりオーケストラに近いバガドでは、ビニュウとともにハイランド・パイプが使われます。それも多数のパイプがユニゾンで演奏されるもので、パイプ・バンドによく似ています。なお、ビニュウは常にソロで演奏される小型のパイプで、数あるバグパイプの中で最も高い音域をもちます。

ガイタも3本のドローンを備えます。息を吹き込むブロウ・パイプにメロディ管のチャンターとドローン3本というのはバグパイプの基本形です。もともと動物の胴体の皮を袋とし、首から息を吹き込み、4本の脚にチャンターとドローンをつけた形です。ですから、バグパイプは牧畜を行っている地域にはどこにでもありました。その目的は持続音を出すことです。バッグに一度空気を溜め、これを脇で調節しながら空気を少しずつ送り出して、音が途切れないようにする。持続音を出すのはまずドローン、つまり一定の音が常に鳴っている状態を作りだすためです。次に細かい音の動きを作る。アイルランドやスコットランドのダンス・チューンはその典型ですが、鳴っている音からメロディを生むのは、音を出すこととメロディを生むことを同時にやるよりも速くできます。

ドローンは好き嫌いがありますし、ダンス・チューンも常に細かい音の動きを必要とするわけではありません。ですから、地域によってはバグパイプは廃れました。イングランドやドイツなどはそうしてバグパイプが消えた地域です。

現在残っているバグパイプでも、ドローン管の数は少ないものもありますし、3本そろっていても出す音が異なることが普通です。ガイタの場合、ドローン管の一本だけ長く、残り2本は短かくて、利き腕の上に横に載せます。

スコットランドのハイランド・パイプを学ぶ人はわが国でも少なくありませんが、そこからスペイン北部のガイタの伝統まで入りこんだ人は稀でしょう。ここでの主人公 Koji Koji Moheji のバグパイプとの最初の出会いはアストゥリアスのエビアだったそうで、当時はスペインのガイタを入手したり、演奏法を学んだりするチャンスはありませんでした。そこで一番近いスコットランドのハイランド・パイプを学ぶことになります。

とはいえ、彼がガイタに惹かれた背景には、あるいは人とは違ったことをやりたいという欲求が働いていたのかもしれません。というのも、彼はミュージシャンというよりパフォーマーだからです。ヒモとコマを使うディアボロというジャグリングの一種の名手で、世界チャンピオンも獲っています。どちらかといえばそちらがメインで、パイプはそのパフォーマンスの一部として演奏することが多いようでもあります。

このこと自体はもちろん悪いことではありません。音楽演奏もパフォーマンスの一つであるわけで、音楽演奏以外はやってはいけないなどという決まりは、少なくとも伝統音楽、大衆のための伝統音楽ではありません。宮廷音楽の流れを汲むものや古典音楽では話は別です。そういう環境では求められる水準に到達し、これを保つには音楽以外何もできなくなるのです。庶民のための伝統音楽では演奏しながら踊ったり唄ったりすることもありますし、ミュージシャンに求められる役割は必ずしも音楽だけに限られるわけではありません。音楽もまた広くエンタテインメントの一つであってみれば、音楽以外の芸にも秀でることは、音楽演奏に対して音楽だけやっている人間には思いつかないようなアプローチも可能にするでしょう。

本作は Koji Koji Moheji のアルバムとしては4作目にあたります。

最初の録音は2011年7月、《ani x koji》で、6曲入りのミニ・アルバムです。ガリシア、アイルランドの伝統曲と、バッハ、それに〈Awazing Grace〉という選曲。アニーこと中村大史のブズーキを相手に、ストレートにガイタを吹いています。すでに完成の域にあるテクニックで、各々の曲に正面から向かっていて、ガイタの音色による味わいが出ています。

ガイタの音はハイランド・パイプに比べると明朗開豁な一方、シャープで繊細なところもあります。ハイランド・パイプの音はどこまでも太く、剛直で、空間に一直線に穴を穿つところがありますが、ガイタの音はフットワークが軽く、天空を翔けることもできます。

2作目は2013年3月、初の本格的なフル・アルバム《Bon Appétit!》です。前作と同じく中村大史のブズーキとギター、奥貫綾子のフィドル、トシバウロンのバゥロン、野口明生のピアノをサポートに迎えて、ガイタ演奏の可能性に挑戦した意欲作です。パイプの他、フルートとホィッスルも使っています。

3作目は昨年4月の《Cross The Line》。ここではピアノとドラムスとのトリオというシンプルな編成。ピアノはリズム・セクションとして、左手でベースを効かせるスタイルに徹して、いわばガイタ1本でどこまでできるかを試した形。ここでもバッハや〈Amazing Grace〉をとりあげているのは、こうした曲の演奏が好きなのだろうと推測します。差別化の一環としても、そのための方法としてこれらの曲を選ぶのは、このあたりに彼の音楽のベースがあるのかもしれないと思わせます。

そして1年後の今年4月にリリースしたのが本作です。ジャケットには "Take Off!" の文字が大きく踊り、写真もガイタを宙に投げあげているもので、こちらがタイトルに見えます。が、公式サイトでもタイトルは《Beyond The Respect》になっています。このタイトルはなかなか意味深長にも見えます。土台としている伝統からあえて一歩踏み出そうとの意欲の表明でしょうか。曲のクレジットがありませんが、どうやら全曲オリジナルのようでもあります。

楽曲はそれぞれに工夫がこらされ、どれも面白いですが、なかでも[04]や[07]は光ります。後者は演奏の難易度がかなり高そうな、曲芸的なメロディがスリリング。この曲や[02][04]でのロウ・ホイッスルの使い方は斬新です。前者ではタンギングでしょうか、この楽器にしてはごく歯切れのよいフレージングが鮮やかですし、後者ではこの楽器でも最低域ではないかと思われる音域のメロディに、後半、本来の音域のホィッスルで同じメロディを重ねます。

編成としては《Bon Appétit!》の流れで、フィドル、ピアノ、ハープ、ブズーキ、ギターを配したアンサンブルにパイプやロウ・ホイッスルが乗る形。これに本人が操るシンセサイザーによるリズム・セクションがアクセントを付けます。

目立つのは録音、つまりパイプの録り方の進歩です。ガイタはハイランド・パイプほど他を圧倒する音質や音量ではありませんが、それでもライヴや録音でバランスをとるのは容易なことではありません。実際、これまでの録音では、パイプの音が他の楽器を呑みこんでしまうこともありました。前作のトリオ形式はそのことへの一つの回答でもあると思われますが、ここではパイプの音がよりシャープになり、また位置を後方に置くことで、パイプとその他大勢ではなく、アンサンブルとして楽しめるものになっています。

音楽だけを演奏するミュージシャンは音楽として、演奏として、より質を高めることを目指します。録音を通して聴いてみると、Koji Koji Mhoheji は音楽と演奏の質を確保した上で、これをどう提示するかについても、いろいろな試みをしていると見えます。ガイタは演奏する姿は見栄えがありますが、音としてはあまり融通がきく方ではありません。その代わりに貫通力があり、また華やかさを備えます。その特性を録音作品のなかでどう活かすかは、演奏や楽曲やアレンジだけの問題ではないという認識でしょう。

これはかなりハードルが高い課題です。本作はその高いハードルを超えた向こうを目指す試みです。これまでの録音で、楽曲やアレンジを模索してきた経験を踏まえて、一つの方向を摑んだ手応えが感じられます。願わくはここにパフォーマーとしての即興性と、楽器としてのガイタの能力を拡張する勢いが加わらんことを。それが実現すれば、ガイタの録音としてだけでなく、統合されたアーティスト Koji Koji Moheji の作品として空前のものが現れるでしょう。
 
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