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ケルトの笛 インタビュー

ジャン=ミシェル・ヴェイヨン(Jean-Michel Veillon)

このインタビューはフランスのブルターニュ地方の伝統音楽のフルート奏者Jean-Michel Veillonがフルートの雑誌の取材に答えたもので、本人の許可を得て掲載します。(翻訳:hatao2017年7月)

経歴をお聞かせください。
音楽的背景、受けた教育、誰がきっかけとなってフルートを吹くようになったのか。
若いころから今までのソロやバンドでの活動など。

私はブルターニュの北東海岸にある小さな村Fréhelで生まれました。
家族は伝統音楽どころか音楽一般にもかかわっていませんでしたが、私はブルターニュのダンスと音楽の伝統の存在については知っていました。
11歳のころに3人の兄弟姉妹と一緒にブレトン・ダンスバンドにダンサーとして加入しました。
それから14歳になった頃、ボンバルド(ダブルリード楽器で、地球上で一番音が大きなオーボエ族の楽器です!)を演奏し始めました。

そのバンドでブルターニュのあちこちで演奏したのはとてもよい経験でした。
というのも私は多くのブルターニュの音楽家(歌手のことをkanerien管楽器奏者をsonerienと言います)に出会って音楽を学ぶことができたからです。
Alan Stivell(ハープ奏者、歌手)や、Diaouled ar Menez、Kouerien St Yannといった初期のブルトン音楽のバンド聴くことでも音楽を学びました。

同じころに私はアイルランド音楽を聴き始め、アイルランド音楽家にも出会いましたが、中にはDesi Wilkinson(アイルランドの伝統音楽トリオCranのフルート奏者、歌手)がいました。
フルートは常に奇妙な音色で私を魅了しました。
フルートへの関心は、最初のうちは好奇心だったのですが、やがてそれは情熱に変わりました! 1979年から今まで、以下のバンドで演奏しています。

Galorn、Kornog、Pennou Skoulm、Barzaz、Den、Celtic Procession (Jacques Pellen)、L'Heritage des Celtes (Dan Ar Braz)、Alain Genty Group、Dip Veillon-Riou、Toud 'Sames、Breton Blend、Zakir Hussain & Band。
時々ソロでも演奏していますが、それも好きです。

あなたが演奏している楽器について(ブランド、タイプ、素材、音、可能性、制限やフラストレーション)どう思うのかについてお聞かせください。

最初にお話しした通り、私は最初はボンバルドを演奏していました。
それはアフリカン・ブラックウッドの古いデザインのものでした。
そのボンバルドはダンスバンドを辞めるときに返しました。
ですので誰が作ったものかよく知りません。
おそらくDorig Le Voyer(50年代に結成したビニウとボンバルドのBodadeg ar Sonerionのメンバー)か、とても有名な職人Lanigのものではないでしょうか。
こういうボンバルドを探すのは今日難しいです。

フルートを始めたときは、1820年頃にパリで作られたHolzapfelのものを吹いていました。
それは音程が大変低かったので、ちゃんとした音程で吹けるようになるまで「虐待」しました(訳者注:孔を改造したということ)。
そのあとでBruce Du Véのフルートを買いました。
オーストリア出身でSpiddle (Co. Galway)に住んでいる職人でした。
Holzapfelのものよりも大きな歌口に慣れるのは大変でした。

ですのでHammy Hamilton(当時は北アイルランドのベルファスト在住、現在はコークのCoolea在住)に頭部管だけを作ってもらいました。
その頭部管はとてもよかったので、何年も使っていました。

正直に言ってDu VéやHamilton以上に大きな音のするフルートは見たことがありません。
私が吹いていた音量は、とんでもないものだったのです。
ですが問題はソフトには吹けないということです。

私以外でフルートをソフトに吹ける人は伝統音楽のフルーティストには少なく、どうしてか理解できません。
不幸にもそのフルートは事故に遭って、たとえ修理しても同じようには鳴らなくなってしまいました。
それが私のフルート演奏の第一期の終わりです。

それからは長い「再教育」の期間で、私はほかのフルートを吹き始めました (Bb, Eb, F, G管)それはBarzazやDenといったグループで演奏していたからだけではなく、素晴らしい楽器職人であり音楽家・歌手であるGilles Léhartがフルートを作り始めたからです。
私は今も彼のフルートを吹いています。

私は吹き方を変えて、さらにニュアンスを追及するようになりました。
その過程でハーモニックス(倍音の奏法)を深めることを決めました。
それは音色が変わる以外にも、アンブシュアを良くするためにも役に立つのです。

自分にぴったりなD管フルートが見つからなかったので、当時の私は必ずしも満足ではありませんでした。

やがて私はChris Wilkes (Herefordshireのフルート職人)に電話して、初期Rudall & Roseモデルから発想を得た素晴らしいD管を作ってもらいました。
私はそれをほとんどいつも吹いていましたが、同時にEb(プラタンモデル)と、Wilkesの作ったもう一つのD管(プラタンモデル)も持っていました。
私が彼のフルートについて言えることは、私が自ら努力したというよりもフルートが私に仕事をさせたということです。
というのも、独学の私のようないいかげんな男にはもったいないフルートだと、つくづく考えさせられるからです!

素材について質問していましたね。
それについては答えるのが難しいです。
フルート職人とフルート奏者はしばしば「フルートは空気の渦が振動しているだけなのだから、素材は無関係」という研究者の説に反対します。
私はこのことについて、どう言えばいいのかわからないのです。

アフリカン・ブラックウッドの大量消費による熱帯雨林の破壊については我々は注意をするべきです。
ですからほかの素材を試みるフルート職人には賛同します。

アイルランド音楽のほかに、ブルトン音楽も演奏しますね。
ブルトン音楽をブルトン音楽らしくするものは何か、そしてブルトン音楽とは具体的には何ですか?

ブルトン音楽の重要な要素はまずはブルトン人の歴史です。
その起源や、影響や、苦闘や、苦難や、喜び悲しみ。
しかしそれについては何も特別なことはありません。
というのもそれらはこの星のあらゆる地域の音楽に共通なのですから。

もちろんこの音楽は、ほかの伝統音楽と同じくは楽譜に記述されていませんでした。
だから伝統音楽には多様性があるのです。

音楽の形態についていえば、ブルトン音楽は限られた音階を持ち、それは時に五音音階(アイルランド音楽とは大きく異なる)です。
平均律ではない音階も一般的で、ほぼ消えつつあるものの今でも好まれています。
それについてはErik Marchand のような歌手やGeorge Bothuaのような音楽家が研究しており、私たちの音楽の魅力的な部分を今なお保っています。

ブルトン音楽は変奏を好みます。
変奏をしないのであれば、曲を学ぶことには大して意味がありません。
ですから変奏の方法を学ぶ必要があります。

方法を学ぶには、似たような曲においてどのように演奏されるのかを学ぶ必要があり、しばらくブルトン音楽漬けになる必要があり、どういう仕組みかを知る必要があるのです。

それから自分のやり方を試してみるのです。
世界のほかの伝統のように、歌唱は表現の中でももっとも重要視されるものです。

ブルターニュには独特なダンスのための歌の形式があります。
kan ha diskanカン・ハ・ディスカン (歌と返歌)といって、ブルトン語の話される地域(Breizh Izel/西ブルターニュ)や、Galloガロ語の話される地域(Breizh Uhel/東ブルターニュ)の伝統です。
Fest-noz (ダンスの夕べ、200人~多くて5000人以上が集まる)にで見ることができます。

あなたの音楽は伝統音楽というのでしょうか?
何がフランス音楽とアイルランド音楽を区別するのでしょうか? この音楽でほかの楽器と比べたときのフルートの立ち位置は?

伝統音楽ですか?
もし厳密に伝統音楽について言及するのであれば、今日のブルトン音楽はもはや伝統音楽ではありません。
アイルランド音楽も同じです。
この星に伝統音楽はもうあまり残っていないのです。

伝統音楽を演奏するというのはつまり、小さなコミュニティの人のために、結婚式、葬式、宗教儀式、地域の行事など人々が音楽を必要とするときに演奏するということを意味します。
こういった行事が自然に行われる社会というのは西洋においてアイルランドもブルターニュも例外なく完全に破壊されているでしょう。

伝統音楽を含む地域行事は疑似的に催されることもありますが、それがどんなに良いものだったとしても、あくまで疑似的なものにすぎません。

ツアーに出かけるような現代のいわゆる伝統音楽家は、故郷からは遠く離れた場所に演奏に行って演奏する際に、外国の観衆に受けるために小細工をしたりしなくてはいけないのです。
時として、それが自分の故郷であっても!
だからおそらく「伝統的」という言葉は今や、古い曲や歌の変革を表すには適切ではありません。

質問のふたつめの(そして長い)箇所は、次にお答えする三番目の質問に共通しています。
今のブルトン音楽の大半はダンス曲です。

しかし過去もそうだったと考えるのは大きな、そしてよくある誤りです。
2世紀前はダンス曲はブルトン音楽の曲全体の2割にしかすぎませんでした。

ブルトン人はおそらくは「ケルト」の人々の中でも最も長時間踊っていられる人たちですが、多くのブルトン音楽のレパートリーはSonioùまたはGwerzioù、またはマーチ、観衆に新たな話を聞かせるために作られた「歌」だったのです。

最後の質問ですが、フランス音楽とアイルランド音楽の違いについては、私は答えることができません。

フランス各地でさえ音楽の違いがたくさんあるからです!
仮にブルトン音楽とアイルランド音楽の違いのことであれば、リズム、音階など多くの違いがあります。

前に言ったとおり、ブルトン人とアイルランド人は歴史、近隣(の民族や国家)との関係、受けた影響が異なり、それが音楽の違いとなっています。

個人的には、数世紀前までは似通っていたのだろうと思っています。

アイルランド音楽が1950年代から今日までブルトン音楽になんらかの影響を与えたのは事実です。
それがフルート、ブズーキ、バウロンといった楽器をブルトン音楽でも使うようになったゆえんです。

ブルターニュでフルートを始めて使った音楽家の一人として、フルートはこの音楽によく合うし、重宝されていると言えるでしょう。

それはたぶん笛が「liquid(訳者注:どんな形にも姿を変えられるという意味か)」の楽器で、その正体はリードすらない空気の渦だからです。
笛は全世界的な楽器、驚くべき楽器なのです。

ブルターニュのほかの楽器についてもお話ししましょう。
古代のもの、生まれ変わったもの、輸入されたもの、いろいろあります。
Bombardボンバルド、biniou kozビニウ・コーズ(ボンバルドの1オクターブ上を奏でるバグパイプ) 、biniou braz(グレート・ハイランド・パイプス)、treujenn-gaol (クラリネット), violin、button accordion、hurdy-gurdy、telenn (ハープ)、guitar、bouzouki、Irish pipes(イリアン・パイプス)など……。

今は木製フルートのみ演奏していますね、なぜですか?

いえ、木製フルートのみ演奏しているということはありません。
ボンバルドも演奏します。
最近は吹いていませんが、実はボンバルドをやめたことは一度もありません。

かつてバンドKornogや、Alain Gentyのグループでは演奏していましたし、今でも友人の私的なFestoù nozでは演奏します。

それに家では少しバーンスリー(北インド古典音楽で使われる竹の横笛)も演奏します。
Harsh Wardhanという偉大な音楽家に習いましたが、ラーガを演奏するのは私のするべきことではないと悟りました。

私はブルトン音楽をするべきなのですから!

とはいえ北インド古典音楽が好きで、聴くとやみつきになります。
ベーム・フルートは演奏したことがありませんし、したいと思ったこともありません。
最近は西洋クラシック音楽を聴いて楽しむことができるようになったとはいえ、それは変わることはありません。