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ケルトの笛 インタビュー

ジョン・シント(John Sindt)

※このインタビューは、ホームページChiff and Fippleより、著作権保有者のDale Wiselyの許可を得て翻訳、公開しています。英語翻訳:村上亮子

ジョン・ シント には幾分謎めいたとろがある。
2、3年前のこと、Chiff & Fipple のメンバーの間で、ニューヨーク在住のホイッスル製作者のことが話題になり始めた。
すばらしいホイッスルを作っているという。
だが、誰もその男のことを知らなかったのだ。
私がシントのD管を手に入れたのとちょうど同じ頃、メアリー・バーギン(Mary Bergin)がシントのホイッスルを気に入って、よく吹いているという噂を耳にした。
これは大ニュースだ。
なぜかというと、メアリーは伝統重視の人で、もっぱらジェネレーションを愛用していたからだ。
優れたホイッスル製作者の作品に心惹かれることはあっても、彼女はジェネレーションにこだわっていた。
だからメアリーがシントに心変わりしたということは、少なくとも、特記すべきことだった。
こうしてジョン・シント は急速に世界の一流ホイッスル製作者の仲間入りを果たしたのだ。
ホイッスル製作者ジョンについてもっと知りたいと思い、パリの小粋なオープンカフェで、インタビューの席を持つこととなった。
いやいや、これは冗談。
パリではないし、カフェでもないし、実際座ってすらいなかったのだが。

※左枠(インタビュアー:デール)右枠 ジョン・シント

少し、個人的なことをお聞かせください。

1940年に、ニュージャージー州イーグルウッドに生まれ、ニューヨークのブロベルトで育ちました。
ニューヨーク市の20マイルほど北にあります。
1年から8年まではブロベルトの公立学校(教室はたった3つの学校でした)に通い、その後はニャック高校へ通いました。
アン・エズメイと結婚しましたが、ありがたいことに、アンは私の音楽への関心をサポートしてくれただけでなく、ホイッスルの事業ではビジネス面を受け持ってくれました。

そうですね。
私はアンとメールのやりとりをしたのですが、あなたの代わりに答えてくれました。
今までのお仕事について教えてください。

最初はオラポイント精機(Orapoint Precision) という所で、工具・金型の見習いをしました。
それから、様々な工房へ行って、色々な機械仕事をしました。
また、この頃、障害競技の馬の売買の共同事業を始めましたが、それには調教やショーも含まれていました。

1963年にラモント地質観測所で機械工として働き始め、短期間、蹄鉄工として働いたほかは、ずっと、そこで働いています。

ラモントは2回名前を変えています。
ラモント・ドハティー地質観測所になって、それから現在のラモント・ドハティー地球観測所になりました。
コロンビア大学に属しています。
私は今、機械部門器具実習室のスーパーバイザーをしています。
ラモントの様々な分野の器具を作る場所です。
それには、海洋学、地震学、古代気象学、地球物理学、ボーリング技術などが含まれています。

音楽に関してはどうですか?

高校ではサックスを吹きました。
80年代の中ごろのことですが、スコットランドとアイルランドに旅行して、ケルトのダンスに興味が出て、ケーリーダンスの授業を取りました。
これは徐々に深い関心に変わり、ちょうど、アイリッシュ・セット・ダンスが再びアメリカに広がったこともあり、音楽そのものへの関心に変わりました。

最初のホイッスルは1988年頃、ニューヨークのマリオン・シュラインの芸術祭で買いました。
それから、ホイッスルを学ぶために、ビル・オックス(Bill Ochs)の本とテープを買いました。
しばらく自分で練習して、そのあとモーリーン・グレン(Maureen Glenn)のグループレッスンに参加しました。
それ以来、ビル・オックのレッスンを受け、メアリー・バーギンや、ジョーニー・マッデン(Joanie Madden)の多くのワークショップ、様々なケルト音楽祭 の1日ワークショップに参加しました。

そのような経歴ですと、ホイッスルを作り始めるのに、理想的な状況でしたね。

1990年頃、安価なホイッスルを使って実験をはじめ、どこか改良できないかと調べてみました。
実験はもっぱらマウスピースについてで、エッジの角度とか、吹き口の大きさなども実験してみました。
私が目指したのは、常に望ましい音を生み出す、調和の取れたデザインです。
モーリーン・グレンの言葉を覚えています。
「気に入ったホイッスルを見つけるのに何箱分ものホイッスルを吹いてみるの。
そして気にいったのを見つけたら、それを大事に大事に使うのよ。
」と言っていました。
また、古いホイッスルのほうが出来たてのより優れているが、古いホイッスルを探すのは大変だ、と思っている人もいました。
私はまずコープランド(Copeland)のホイッスルを買って、それからクリス・アベル(Chris Abell)のも買いました。
どちらもすばらしいもので、この2つから、どのようなホイッスルを作るべきかというアイデアをいただいたのです。

私の理想は、オリジナルのデザインと音、そして安価なホイッスルという考えにとどまりながら、できるだけ調和の取れたホイッスルを作ることでした。
また、ホイッスルのコストのことも頭にありました。
作るのに丸1日かかってしまえば、そのホイッスルはとても高価なものになってしまいます。
だから、シンプルなデザインというのも、とても大事なことでした。
私の今のデザインは4年前に完成しました。

あなた(とアン)の顧客への対応は、評判がいいですね。
その点の考えをお聞かせいただけませんか?

私は人を信頼したいし、自分がしてほしいように、人にしたいと思っているだけです。

あなたのホイッスルのCナチュラルの指使いが問題だという人がいますね。
私の持っているDホイッスルでは2、3、4(左の中指、薬指、右の人差し指)か2、3、4、5(プラス右の中指)の指で押さえたとき1番チューニングがいいと思いますが、どう思われますか?

私は、穴を半分ふさぐのがいいと思います。
モーレーンもジョーニーもメアリーもそう教えていますし、この方が正確だと思います。
でも、もし別のやり方をするのなら、左手の下の2本を使うのがいいと思います。
(つまり中指と薬指で穴をふさぐ)そして、そっと吹いた方がいいと思います。

ご自分が作ったホイッスルの数を把握していますか?今まで何本ぐらい売ったのでしょうか?

300本くらいですね。
3ヶ月から4ヶ月待ちになっています。
本職のほうが忙しいと、遅れがちになります。

Eb、D、Cのホイッスルを作っているそうですね。
他の調子の笛を作るご予定は?
いつかローホイッスルを作ろうとは思いませんか?

BbとAを開発したところです。
でも、生産を始めるのはまだ難しいと思います。
他の調子の笛が生産待ちになっているので。
でも、まもなく、少しなら売り出せると思います。

連絡をくれたお客さんに、直接販売しているそうですね。
小売店とかを使う予定はありませんか?

今のところありません。
そんなにたくさん生産できませんから。
たぶん引退して、もっと時間をかけられるようになったら…

楽しいですか?

ええ、作るのは楽しいし、吹くのも大好きです。
ホイッスルで伝統音楽を演奏することは、私の生活のとても大切な一部になりました。
このようなホイッスルを作れること、そして他の人に提供できることは、とても価値のあることだと思います。

ありがとうございました。