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ケルトの笛 インタビュー

Elle Marie O Dwyer(エル・マリー・オ・ドゥワイア)への7つの質問 (Italish Blog)

このインタビューは、https://tradconnect.com/ の許可を得て翻訳、掲載しています。
イタリアのアイルランド音楽ファンブログが、アイルランド人の伝統歌手Elle Marie O Dwyerにインタビューをしたものです。
翻訳:村上亮子


● Aindréas Ridire 投稿(2014.9.12)

「アイルランド伝統音楽の今日と明日」のインタビュー・シリーズの新しいゲストはElle Marie O Dwyerです。
Elle Marie O Dwyerはコーク出身の伝統的バラード歌手で、2002年にデビューアルバム”Where the Allow Water Flow”をリリースしています。
コークのLena Bn. Uí Shéの指導を受けて、初めてオール・アイルランドの伝統的英語の歌部門(アンダー18)で優勝したのは、2005年のレタケニーLetterkennyにおいてでした。
これに引き続いて2006年、リムリックのマリー・イマキュレイト(Mary Immaculate)カレッジで初等教育の勉強を始めた最初の年に、アイルランド音楽家協会(Comhaltas)の ツアーに参加し、そこで伝説的なSeán Ó Séと共に歌うチャンスを手にしました。
2009年にはElle Marieが最も強く心に秘めていたことが実現しました。
彼女のアルバム”Where the Allow Water Flow”のタイトルトラックを歌って、彼女のクラブFreemountにオール・アイルランド賞を持ち帰ったのです。

※左枠:インタビュアー 右枠:デジ・ウィルキンソン

自己紹介をお願いします。
また、どうして、どのような経緯でアイルランドの伝統音楽を歌うようになったのか、話していただけませんか?

幼いころからアイルランド伝統音楽は私の生活の一部で、8歳でフィドルを手にしました。
私が住んでいるコークのフリーマウントの小学校の校長先生は素晴らしい音楽の先生で、私に歌うように勧めてくれました。
歌や音楽が勧められる家庭で育ったのは幸運でした。
両親はいつも私を支えてくれて、練習したり人前で歌ったりすることを喜んでくれました。
私の歌のスタイルはこの伝統の中の「偉大な人々」の影響を受けています。
Lena Bn. Uí Shé、Deirdre Scanlan、Nora Butler などです。
歌手として成長していくにつれ、私たちの歴史や文化に根差した歌に強いつながりを感じるようになってきました。
歌というのは物語だと常に教えられてきました。
もしその物語に何か感じるものがなかったら、私は歌いませんでした。
成長するとコンペが重要になってきました。
その頃、オール・アイルランドで歌の賞を何度か取りました。
これらの賞が私に多くの道を開いてくれ、また様々なグループと外国にツアーするチャンスを得ました。
アルバムを作ることはずっと私の夢で、2012年にそのチャンスをつかむことが出来ました。
私の最初のアルバム”Where the Allow Water Flow”は、CD に入った歌の題名からきていますが、その歌は伝統音楽を歌う道に私を導いてくれたCon Herbertが書いたものだったのです。

フリーマウントの村のご出身で、今もそこに住んで、伝統歌唱法を教えていらっしゃいますね。
今、北コークの音楽事情はどうですか。

伝統的な音楽や歌は今盛り上がりを見せていると言ってもいいでしょう。
皆さんご存知のように、アイルランドは経済的に苦しい時期で、人々は“Rambling House”とか”Irish Night”といったお金のかからない娯楽に向かっています。
これはパブやホールや一般の家で、人々が集まって歌ったり、物語をしたり、演奏したり、踊ったりするのですが、北コーク地方でますます広がってきています。
クレア州にもよく行くのですが、あちらでは”Singers Club”が流行っています。
フリーマウントはアイルランド音楽が盛んで近隣の地域から多くの若者がやってきて、演奏や歌を学んでいきます。
おっしゃったように、私は歌を教えていて、若い世代が伝統的な演奏や歌唱法を引き継いでいってくれるのを目の当たりにするのは嬉しいことです。

2枚目のアルバム”A Roving Heart”が間もなくリリースされますね。
そのCDに入っている歌について話していただけますか。

多くの人と同じように、私も自分の出自に誇りを持っています。
前にも言いましたように、私の最初のアルバムには”Where the Allow Water Flow”という歌が入っていますが、Allowというのはフリーマウントを流れている川の名で、故郷の村の周りにある地名をいっぱい読み込んでいます。
新しいアルバムにもこの地域の歌を入れたいと思いました。
”The Creamery Song”です。
この歌はフリーマウントのバター製造所がつぶれた経緯と、そのことがこの地域にどんな影響を与えたかについて歌っています。
地名にかかわる歌は、何か心に触れるものがあり、これはCDの選曲にも表れています。
また、クレアの影響も濃く見られ、それもまた、曲の選択に見られます。
私は様々な歌を入れようとしました。
伝統的なスタイルに忠実でありたかったのです。

自分で聞くのはどんな音楽ですか?今あなたのCDプレイヤーには何が入っているのですか?

いろんなジャンルの音楽を聴きます。
もちろん伝統的な歌や演奏が一番の根っこにあるのはその通りなのですが……。
今、車のCDプレイヤーにはクレア/ゴールウェイのAnn Droney Kirraneが入っていますが、その前はNathan Carterでした。
特にウォーターフォードの”Nora Butler” や “John The Miller Power”のような伝統的な歌が好きです。
でもBeyonceから Beogaまで何でも聞きます。

私たちはアイルランド文化について語ったり書いたりすることが好きなのですが、外国の人がアイルランドを理解するのに助けになるようなアイルランドの本とか、あるいは作家とか、紹介してくれませんか。

もし伝統的な歌唱法に関心があるのなら、出版物もCDもたくさんあります。
Comhaltas(アイルランド音楽家協会)がCD付きの歌集を出しています。
お勧めしたいのは”Traditional Songs and Singers”、“A Bar of a Song”、“Amhráin Rithimiula” などです。
Comhaltasに連絡すれば購入することができます。
連絡先は http://comhaltas.ie/ です。

イタリアとアイルランド: この2国の間には、(少なくとも私たちの見方からすれば)アメリカに移民した父祖に始まる特別なつながりがあるように思えます。
イタリアのことを考えると、何が思い浮かびますか。
この国について、どんなことを知っていて、どういう点が好き、または好きでないですか。

イタリアというと、すぐに思いつくのは太陽です。
美しい海岸の光景や有名な観光地。
豊かな伝統や文化も心に浮かびます。
私は小学校の先生で、子供たちに古代ローマのことやイタリア史の様々なことを教えます。
アイルランドとイタリアは変化に富んだ興味深い過去を共有しています。
両国は誇るべきことがたくさんあります。
残念ながら私はまだあなたの美しい国を訪れるチャンスがありませんが、ぜひ行ってみたいと思っています。

何か将来の計画はありますか?どんなことをしたいですか?

最近、東クレアのフィークルFeakleで開かれた第27回国際フィークル伝統音楽祭(International Feakle Traditional Music Festival)に参加しました。
そこで伝統歌唱のクラスを持ち、コンサートをし、セッションに参加しました。
先のことを考えると、オール・アイルランド音楽祭(All Ireland Fleadh Cheoil )やフェスティバルや週末の集まり(Singing Weekends)があります。
Singing WeekendsというのはアイルランドのSinging Clubが組織するもので、歌手がある場所に突然現れて、歌うのです。
アイルランド語の放送局TG4で、近々歌うことになっています。
”A Roving Heart”が出たばかりなので、プロモーションライブもたくさんあるでしょう。
数週間のうちに学校に戻って、子供たちに教えたり、歌のクラスも長い夏休みの後に再開します。
忙しくなりますね。
でも不満はありません。
伝統的歌唱は私の人生の中で中心的なもので、それがずっと続いてほしいと思っています。