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ケルトの笛 インタビュー

ターロック・ボイラン(Turlach Boylan)

※ このインタビューは、ホームページChiff and Fippleより、著作権保有者のDale Wiselyの許可を得て翻訳、公開しています。英語翻訳:村上亮子
 

Chiff&Fipple歴の長い方は、私がターロック・ボイランの最初のCD、"The Tidy Cottage"に夢中になっていたことをご存知だろう。
うれしい知らせがある。
フルート奏者ターロックの新しいCD、”Shame the Devil”が発売され、このCDにはホイッスルの曲がいくつか含まれているのだ。
これは素晴らしいCDだし、”The Tidy Cottage”の美点を遺憾なく引き継いでいる。
しかも、ますます強大化するChiff&Fippleの圧力にひざを屈し、ターロックはこの新しいCDでホイッスルを吹いているのだ!

多くのケルト音楽や「ケルト的」音楽のCDは生産過剰になっているが、ターロックのCDにはその心配はない。
私はターロックが無伴奏で、または、比較的少ない伴奏で演奏しているのを聴くのが特に好きだ。
これほど正確にダンスのリズムをとる能力には驚いてしまう。と言ったからといって、悪く取らないでほしい。このCDのバックバンドには素晴らしい才能を持った演奏者が参加している。
クランデスティン(Clandestine)のEJ ジョーンズとジェニファー・ハメル、そしてワインドンワイア(Wyndnwyre)のテレーゼ・ホーニー、それからスコティッシュ・ロウグ(Scottish Rogues)のランディー(Randy Wothke) などのヒューストンの優れたアコースティック・ミュージシャン達が参加しているのだ。

ターロックのbio(経歴)より:ターロック・ボイランのことを、ある友人は攻撃的だと言うが、謎めいていると思う者もある。気難しいと思われていることもある。
要するにこういうことだ。この頑固なアイルランド人はいい音楽を作ることにこだわり、言葉に時間を割かないのだ。

それで、フローレンスの小さなレストランで、ターロックと向き合い、インタビューに時間を割いてもらえたのは、ありがたいことだった。

左枠:インタビュアーのデールさん 右枠:ターロックさん

生まれ育ちはどちらですか?

アントリム州(北アイルランド)バリーマニーで生まれました。
家から一番近い産院のある町です。
育ったのはグレンユーリン(Glenullin)の農場で、デリー州のガーバーのすぐ近くでした。

お父様が、兄弟7人でアイリッシュ音楽をやるようにとおっしゃったのだそうですね。ということは、お父様は音楽家だったのですね。
どのような音楽的なご一家だったのでしょうか?

それが、父は音楽をしたことはないのです。
10代の頃、事故にあって、指を何本か失っていたのです。
母はピアノを少ししました。おっしゃったように、兄弟はみんな何か音楽をしています。
カトリオーナはバンジョーを弾きます。
メイヴはピアノ・アコーディオンとピアノをやっています。
シーラはフィドルとピアノ。クローダはフィドルとコンサティーナとピアノ。
Ruairiはフルートとホイッスル。
ドーナルはボタンコーディオンを少し弾きます。
しばらくはGleann an lolair(Glenullinのよりアイルランド的な言い方)と言うケイリーバンドで一緒に演奏して、”The Derry Boat”というCDを作りました。
big plain recordsで手に入ります。
シーラとクローダは今も熱心に活動しています。
シーラは去年ツアーでドイツに行って、ダンスショーで演奏しました。
クローダはプロヴィデンス(Pvovidence)というダブリンのバンドのメンバーです。よく耳にするバンドだと思います。

いつフルートに転向したのですか?

何年間かピアノとトランペットのレッスンを受けて、16歳の時にフルートを始めました。
真剣にアイリッシュ音楽に取り組んだのは、それ以来です。

フルートの師、アントリム州のジョン・ケネディーについて話してください。

ジョンはカリ-バッキー(Cullybackey:アントリム州の村)出身の傑出した人物です。
オレンジバンドでファイフ・マーチングをして音楽を学び、また、優れたシンガーでもあります。
ジョンはテクニックはあまり重視せず、リズムと高揚感を強調していました。
それを彼は口三味線(lilting)と肩を上げたり下げたりするのとで、実演して見せてくれたものです。
彼は北アントリムの多くの音楽家を育て、その中にはデアンタDeantaというバンドのメンバーも含まれています。
ジョンは歌のCDも作っていて、ファイフの曲をホイッスルで演奏したものが何曲か入っています。

インフォメーション:
John Kennedy - ”The girls along the road"
Veteran Tapes VT137CD
44 Old Street, Haughley
Stowmarket, Suffolk lP14 3NX
Tel/fax +44 1449 673695

あなたは音楽以外の教育を受けて、それでお仕事もなさっているのですね。

工学の学位を取って、ヒューストンで油井の穿孔機のビットの設計をしました。
ベルファストへ戻って働くはずだったのですが、その話はダメになってしまったのです。
6年後、ヒューストンの仕事をやめ、何年間かフリーでプログラミングの仕事をしました。
今は、音楽だけでやっていこうと思っています。

最初のソロCD、”The Tidy Cottage”はいい評価を得ていますね。
レコード店で売られている「ケルティック」のアルバムの多くが伝統からかけ離れてきているので、このCDをもっと売りたいと思っているんじゃないかと思います。

誰でも生きている時代の影響を受けるし、演奏する音楽にも影響を与えずにはおれません。
たとえば”The Tidy Cottage”にはアメリカの曲も入っているし、音楽はいつも国境を越えていくのです。
でも、「フュージョン」音楽の大多数は惨めな失敗だったと思います。
たぶん、土台となっているアイルランド音楽を受け入れていないからでしょう。
シャロン・シャノンやルナサのような輝かしい例外もありますが、それには相当な技術が必要です。
そうですね、私はマーチン・ヘイズのことを思うのですが、彼は、自分の好きな音楽を演奏して、なおかつ自分がどこから来たかを忘れない人です。
自分の曲に他の音楽の影響を加える時でさえもそうなのです。
私はただ好きな音楽を作ろうとしているだけで、最終的にそれが現れればいいと思っています。

新しいCDでは他の楽器もやっていますね。
バンジョーや、マンドーラや、それからティンホイッスル!
最初にティンホイッスルを手にしたのはいつですか?
どんなホイッスルだったか覚えていますか?
最近はレコーディングやコンサートで、どんなホイッスルを吹いているのでしょうか?

たぶん最初にホイッスルを吹いたのは10代の始めごろだと思います。
2、3曲覚えました。
でも、フルートを始めるまでは、真剣に取り組んだわけではありません。
ジェネレーションのD管で、たぶんニッケルの青い吹き口だったと思いますが、もしかしたら真鍮の赤い吹き口のかも知れません。
他のはあまりなかったのですよ。
”Shame The Devil”では1曲は古いジェネレーションのCで吹いて、もう1曲はお借りしたリオーダンのD管、同じくお借りしたシュルツのPVCのローGで吹いたのもあります。
その時以来、シュルツの笛で匿名のホイッスルの国際複合企業(※Chiff and Whistleのこと?)に後援してもらっていて、もう一曲CDに入っていない曲を録音しました。
同じ時にウォールトンのメローD管で1曲録音しました。
ステージでは、シュルツ、古いジェネレーションのC管とB♭管、それからメローD管を使っています。
小さな笛では、高価な手作りのホイッスルが特に利点があるとは思いませんが、コープランドの素晴らしいローDなら持っています。

グレンロード(Glen Road)というバンドで演奏していますね。
このバンドについて教えてください。

グレンロードは、私と、ギターとボーカルのマイク・ダガーと、ゲストの3人目を加えたトリオです。
去年の秋はボストンのフィドル奏者、ブレンダン・バルガーとツアーしました。
この春のゲストはダブリン出身でポートランドに住んでいるアコーディオンのジョニー・コノリーでした。
ジョニーはグリーンリネットでソロアルバムを作ったばかりです。
グレンロードのウェブサイトはこちらです。学校で演奏したり、音楽や楽器について語ったりもしています。
アイリッシュ音楽を広め、自分達の演奏機会を獲得する助けとなります。

あなたのビジネスの方法に感銘を受けたと言わなくてはなりません。
プロモーション・キットは魅力的で綺麗な出来映えですね。
ビッグプレインレコードについて教えてください。(big plain records)

アメリカでは知られていないアイルランド音楽がたくさんあります。
ここではビッグネームが幅をきかせていますからね。
でもそのようなバンドはほんの一部です。
ビッグプレインレコードの長期的な目標はこの状況を変えることです。
でも、今のところは、私がビジネスを学ぶのは自分と自分の音楽のためだけです。
同じような例はアラスター・フレイザー(Alasdair Fraser)(スコットランドのフィドラー)のレーベル、カルバニー(Culburnie)です。
20年で27枚しかCDを出してしていませんが、すべてトップクラスです。
私達が優れたグラフィックデザイナー の手を借りれたこと、また、素材を整える時間があったことはラッキーでした。
伝統的な音楽は儲かるジャンルではないと言う話でしたね。
ですから、私はビジネスの細部にも目を配り、出来る限りいいイメージを作り出すようにしたのです。
デザインの仕事は面白いと思いました。
たぶん工学と同じように情報を理路整然と効果的に組み立てるということだからでしょう。
私が生まれ育ったグレンユーリンの教区はマヘラモア(Magheramore)と呼ばれ、”大平原(Big Plain)”と言う意味になります。
が、この名前は同時に音楽とビジネスの両方にまっすぐアプローチすることも表しています。
一方、姉のクローダはBig Plainは「顔が見える」いう意味だと言っています。

Turlach's の録音はBandstoreBigplainで入手できます。

また、Tayberry MusicのMargaret Ticeをチェックすることをおすすめします。