バグパイプの世界

デニー・ホールDenny Hall氏による、様々なバグパイプについての紹介記事「Bagpipe Overview: A Tour Of Bagpipeland」を当店でおなじみの翻訳家・村上亮子さんの翻訳でお届けします。

原文:Bagpipe Overview: A Tour Of Bagpipeland – Lark in the Morning

バグパイプの世界

バグパイプの歴史については専門家にお任せするとして、ここではバグパイプの一般的なガイドをしたいと思います。

(訳者注:バグパイプは革袋に空気をため、それを管に送り込んで音を鳴らす楽器です。指孔がついていてメロディーを奏でる管を「チャンターChaner」、一定の音を流し続ける管を「ドローンDrone」、チャンターやドローンを革袋に接続する土台を「ストックStock」といいます。革袋に空気を送り込むのには、ブローパイプを使って息を吹きこむものと、ふいごを使うものがあります。いくつかのバグパイプについて、動画を追記しています。)

アイルランド

アイルランドのイリアン・パイプスは2オクターブの音域があります。キーを4つつければ全ての音階を演奏できますが、この地の音楽は「余分な」音はほとんど必要としていません。追加するとすればC♮とF♮が一番要望の多い音でしょう。イリアン・パイプスは3本のドローン(高、中、低音のD)とレギュレーター(regulator)と呼ばれる鍵盤キー付のパイプ3本、ドローンのストックに入っています。レギュレーターはリズムやコード伴奏のために手首で操作します。空気を革袋に送り込むにはふいごを使います。新しいものはコンサート・ピッチ(実音)のD調でD 、G、 Emの曲が演奏できます。他の調(A、Am、Bmなど)で演奏できる曲もあります。比較的音が小さく、フィドルやフルート、ホイッスルともよく調和します。古い時代のアイリッシュ・パイプはC、B、B♭調ですが、今より低く調律されています。それらは管が細いのでD調のものよりも音が小さくなります。ハープとはよく合うと思いますが、フィドルは少し音程を下げなければならないでしょう。古いタイプも新しいタイプも腕のいい職人は大勢います。リードについては、自分で作れるようになるのが一番です。

アイルランドの戦場用パイプ。この古いバグパイプは現存するものはないようです。18世紀中ごろに消滅しました。ハイランド・パイプスと基本的に同じ構造でドローンが1本少ないものを使って、19世紀末に復活されました。アイルランドのパイプ・バンドで今日に至るまで使われています。アイルランドとスコットランドの楽器の類似性を考えると(例えばトリニティー・ハープとクイーン・メアリーのハープはよく似ています)、バグパイプもよく似たものがあったと考えるのが妥当でしょう。現在のアイルランドの戦場用バグパイプはB♭でバスとテナーのドローンが付いています。チャンターはスコットランドのバグパイプと同じスケールと運指を使っています。既製品のリードがあります。

スコットランド

ハイランド・パイプスはもちろんご存知でしょう。世界中で作られ演奏されています。古いものは少しピッチが低くおよそAといったところです。今日のハイランド・パイプスはB♭(かもう少し高く)、ドローンは3本、B♭のバス・ドローン1本とテナー・ドローン2本です。このバグパイプ(とアイルランドの戦場用パイプ)のチャンターは9音です。バグパイプを習う人はたいがい練習用チャンターを使って始めます。こうすることでチャンター、ドローン、バッグを最初から同時に扱わずに済みます。練習用チャンターもハイランド・パイプスも既製品のリードがあります。

ローランド・パイプス(低地地方のバグパイプ)はスコットランド南部で作られ、ふいごを使って空気を送り込むバグパイプです。チャンターの指づかいはハイランド・パイプスのチャンターと似ていて、同じスケールです。3本のドローンが1つのストックについていて、ハイランド・パイプスのドローンと同じに調律されています。ふいごで空気を送り込み、リードはハイランド・パイプスのものより柔らかく、内径は細くなっています。その結果、ハイランド・パイプスに比べて音量が小さく、アンサンブルに向いています。新しく作られたものはB♭、G、Aがあり、ほとんどの管で既製品のリードが手に入ります。

スコティッシュ・スモール・パイプスは音が小さくて内径が円筒状のバグパイプです。一般にふいごを使って演奏しますが、息で吹くものもあります。音色はノーサンブリアン・パイプスとよく似ていますが、チャンターが開管であることと演奏スタイルの違いで、少し違って聞こえます。一般に指使いはハイランド・パイプスと同じですが、内径の形状のせいでその点に関しては自由度が高くなります。(内径が円筒状の場合クロス・フィンガリングの影響を受けにくい)A、B♭、C、Dの各調で作られています。

イングランド

昔の絵画をもとに復元された息で吹くバグパイプが2種作られていますが、現物は残されていないようです。どちらのバグパイプもGのドローンが2本付いています。

ノーサンブリアン・パイプスは北イングランドで長く受け継がれています。古いタイプはキーのない閉管のチャンターとFのドローンが3本付いています。新しいタイプは広い音域を演奏できる7~17個のキーが付いたチャンターと、様々な組み合わせとチューニングで、幾つかのキーを演奏できる4本のドローンがついています。音が穏やかで気持ちのいいパイプです。ドローンは2オクターブの主音と5度に設定されています。新しいものは伝統的なF調、コンサートG調、コンサートD調があり、すこしピッチが低くなっています。古いものとか、古いものをモデルに作られたものはコンサートF調ではありません。既製品のリードもありますが、自分で作るのが一番です。

フランス

ミュゼットmussette (コルヌミューズcornemuseというのは「バグパイプ」全体をさす総称)はドローンが2本ついた、息を吹き込んで演奏するバグパイプです。テナー・ドローンはチャンターと共にストックに差されていて、バス・ドローンは肩の上にきます。チャンターは標準的な音階と、その下に導音として半音下 (7度)の音が演奏できます(D管のティンホイッスルで言えば、小指を閉じるとC#が出るという感じです)。クロス・フィンガリングを使えば、いくつかの臨時記号も演奏できます。オーバーブロウで上のオクターブで4度上が演奏できます(ティンホイッスルで言えば、第一オクターブのラを強く吹くと第二オクターブのレが出るようなものです)。ミュゼットは一般にB♭、A、G、D調に作られています。最も広く使われているのはGとDで、この調は一般的なハーディーガーディーとよく合うのです。息で吹くバグパイプとしては特に音が大きい方ではなく、このバグパイプはアンサンブルに適した楽器です。フランス製のリードで手に入るものもありますが、あまり一般的でない楽器の常で、自分でリードを作れるようになった方がいいでしょう。

カブレットCabretteにはふいご式と息を吹き込むタイプがあり、チャンターと同じストックに短いドローンが1本ついています。元々はオーヴェルジュ(フランス中南部)の楽器ですが、比較的メンテナンスが楽で演奏性がいいのでフランス中に広まりました。Gが一般的ですが、他の調もあります。ドローンは主音にあわせてあります。このバグパイプは強く吹くと1オクターブ上り、オーヴェルジュ地方の多くのC調の曲が演奏できるようになります。カブレットはハーディーガーディーと一緒に演奏されたり(この場合はドローンが重要になることもある)グループで演奏されることが多く、ドローンを使わない演奏者も多くいます。

ミュゼット・ド・クールMusette du Courは18世紀の宮廷の楽器で、ノーサンブリアン・パイプスの元祖になります。小さくてキー付きのFかDのチャンター1本と2本目のチャンターは6キーで音域を高い方へ広げています。ノーサンブリアン・パイプスと同様3本のドローンがあり、チューニングも同じです。(主音、5度、オクターブ上の主音)ルネッサンス・ラケット(16~18世紀ごろドイツ、フランスで用いられたバスーンに似た複リード管楽器)と同様にドローンは全て1つの木片にくり抜かれています。6~8個のスライドでどのドローンを鳴らすのか、止めるのかを選択できます。ミュゼットは静かで心地よい音がします。複製楽器はFとD調があります。この種のバグパイプではリードは自分で作ることになります。フランスには少なくとも15種類のバグパイプがあります。スコットランド人はどうしてたった3種類で満足できたのでしょうね。

ブルターニュ

ビニウ・コズBiniou・Kozはブルターニュで一番よく知られたバグパイプで、古いバグパイプという意味です。たぶん1940年代にハイランド・パイプスが「グランド・ビニウ」という名で紹介されたことからそう名付けられたのでしょう。グランド・ビニウがほとんどビニウにとって代わってしまいましたが、リバイバルのおかげで古いパイプが再び聞かれるようになってきました。ビニウはB♭調でハイランド・パイプスのチャンターより1オクターブ高い音程です。チャンターは1本で、息で吹き、ピッチは高いです。ビニウは一般にボンバルド(B♭の大きな音のリード楽器)と一緒に演奏されます。掛け合いスタイルの演奏が大変興味深いです。

ヴーズVeuzeはC、B♭、A、Gでピッチは低いです。古い絵画を見るとドローン1本が一般的ですが、ドローンが2本のものもあります。息で吹きます。古い文献を見てもボンバルドがヴーズと一緒に演奏されていたかどうかはわかりませんが、B ♭やCの楽器ではそれも可能だと思われます。

スペイン

ガイタGaitaはB♭、C、Dの3つのキーで作られています。息を吹き込んで演奏し(ふいごを使うこともあります)バス・ドローンが1本ついていますが、テナーのドローンが付いたものもありますし、テナーの代わりにronquilloというドローンを付けたものもあります。ronquilloはチャンターと同様にダブル・リードで主音より12度高くなります。スペインのバグパイプはスコットランドのものより小さくてドローンも少ないので比較的演奏が楽です。安定していてメンテナンスも比較的容易です。ガイタのチャンターは少し調整すれば(薄く短くすれば)ハイランド・パイプスのリードが使えます。

イタリア

ザンポーニャZampognaはイタリアとシチリアで使われています。大きなものは全てダブル・リードです。2本のチャンターと2本のドローンが1つのストックに納まっています。小さなドローンは飾りだけのこともあります。大きな機種の中には、2本のチャンターがオクターブ差になっていて、ショーム(中世の縦笛)や歌の伴奏に使われるものもあります。また、同じ大きさで4度にチューニングされたチャンターが付いたものもあります。これらは独奏で使われ、2つのチャンターでメロディー全体が演奏できます。巨大なザンポーニャはイタリアで作られるものもありますが、イタリア・シチリア両方で使われる大きな機種はF、G、Aです。小さなザンポーニャはすべてシングル・リードです。この機種のピッチはB ♭かもしれません。小さなザンポーニャは4度にチューニングしたチャンターを使います。ザンポーニャは常に調整が必要ですが、2本のチャンターと2本のドローンが醸し出す5度の美しいハーモニーは、どれほど面倒でも苦労する価値があります。自分でリードを作ってください。このパイプは融通がきき、様々なリードで発声できます。チューニングを保つのが易しいという意味ではありません。息で吹くパイプに3ないし5のダブル・リードを使うのは常にピッチの問題が起こります。プラスチックのリードも使われ、割とうまくいっています。

Pivaは故郷の北イタリアでは途絶え、その音楽に触れるのはむずかしいかもしれませんが、復刻品は手に入ります。pivaはチャンター1本とドローン1本です。ダブル・リードのチャンターのものもシングル・リードのものもあります。形は小さく、演奏しやすいものです。

東ヨーロッパ

ブルガリアのGaida。バスのドローンとチャンターはどちらもシングル・リードです。音を出すのは簡単ですが、うまく吹くのは容易ではありません。DとGがありますが、それぞれのキーのチャンターと予備のドローンをつけて売っていることもよくあります。こうすることで1つの楽器で2つの調を演奏することができます。Gaidaはヤギの革の袋を使っています。リードは一般に演奏者自身で作ります。上手な人の手にかかれば素晴らしい楽器です。

マケドニアのGaida。基本的にブルガリアのGaidaと似ています。バスのドローンとチャンターで、息で吹き、B♭とAがあります。

ハンガリーのDudaには先に角のついたバスのドローンがあります。チャンターとテナー・ドローンは1本の同じ木からくり抜かれており、ドローンには指孔が1つあって、それを操作することでドロ-ンでは2つの音を出すことができます。チャンターとドローンの入るストックは必ずと言っていいほど大きなヤギの頭の彫刻が施されています。A調の非常に美しいバグパイプです。息で吹くものもふいごを使うものもあります。

ポーランドのKoza。ポーランドのバグパイプは外見は昔のドイツのバグパイプに似ています。大きなヤギの革のバッグ(毛は落としてある)とシングル・リードのチャンターを使っていて、内径は円筒形で音程が低く、先端に大きな角笛と金属のベルがついています。バスのドローンにも同じベルがついています。普通はふいごを使い、やさしい低いピッチの音色がします。Dudaと同じようなヤギの頭を彫ったストックが一般的です。シングル・リードはサトウキビの葉を銅の筒の上に巻いたものでできています。

古い時代のバグパイプ

フランドル。ブリューゲルやテニールスの絵画には、ルネッサンス時代の楽師が1つのストックにドローンが2本ついたバグパイプを吹いているところが描かれています。ドローンの長さを比べてみると5度になっているようです。このタイプのバグパイプは現存していません。復元したものは、ほとんどがFかGの調です。リードを買うことができるものもありますが、自分で作る必要のあるものもあります。

中世のバグパイプはチャンターだけでドローンがないか、あってもバス・ドローンが1本だけです。この時代のバグパイプはチャンターがシングル・リードのものもあると思われますが、円錐形のチャンターと通気口から、ダブル・リードである可能性が高そうです。のちの時代の彫刻には、チャンター2本とバス・ドローンのついたバグパイプが見られます。中世のバグパイプの複製品は様々なタイプのリードのものがあります。中世のバグパイプはチャンター1本と、ドローン1本のものだけだと主張する人は紀元前57年にネロ帝がコインを鋳造させ、それにチャンターが2本のバグパイプとふいごが彫られているという事実を見逃していることになります。

スペースと能力と知識の限界もあり、これ以上旧大陸や北アフリカで見られるバグパイプについて語ることはできません。読者の方のお好きなバグパイプが漏れていたとしても、あくまでボランティアの立場で発表しておりますのでご容赦ください。

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