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ケルトの笛 インタビュー

グンナル・ステンマルク(Gunnar Stenmark)

※ このインタビューは、ケルトの笛屋さんが著作権を保有しておりますので、無断での転載はご遠慮ください。
インタビュー: 2015年8月

グンナル・ステンマルクは笛の制作者でフィドル奏者である。
彼は現在、スウェーデン中部イェムトランドJämtlands県の自宅の工房で笛を製作している。
スウェーデンの伝統的な笛ヘリエーダルス・ピーパ(Härjedalspipa)やオッフェルダールス・ピーパ(Offerdalspipa)を復刻する作業と同時に、笛奏者のヨーラン・モンソンとの協働により、オスピパ(Åspipa)やモンマルカ・ピーパ (Månmarkapipa)など新たな笛の開発製作も行っている。

スウェーデンの笛のリヴァイバルは、非常に新しい現象である。
今回のインタビューでは、グンナル氏がどのように笛のリヴァイバルと関わり、どのような思いで笛を製作しているのか聞いた。

 

※左枠インタビュアー:hatao 右枠:グンナル・ステンマルク

私は1954年にストックホルムで生まれました。
子供の頃は伝統音楽については何 も知りませんでした。
22歳の頃、6歳年上の兄がフィドルを始めました。そして、兄は田舎の音楽家たちの集い(スピエルマン・ステンマル)に足しげく出かけるよう になりました。

彼は私にも演奏に参加してほしかったため、私をその輪に招き、こうして私はフィドルを弾き始めました。
兄達だけではなく、70年代のストックホルムでは、たくさんの人が伝統音楽を演奏し始めていました。
まさに爆発したように、人々は田舎を目指していったのです。

その頃は、田舎であっても伝統音楽を盛んに演奏しているというわけではありませんでした。
ダーラナなどの村では有名な音楽家がいるにはいましたが。
そしてこの時代に田舎の若者たちもまた楽器を演奏するようになりました。
なぜかって?
その頃は、伝統音楽だけではなくて、様々な音楽が演奏され始めたのです。
ビートルズとか、いろんなロックのグループで。

笛を吹くようになったのは、オスカル・ウロフソン(Oskar Olofsson)に笛を注文した ことがきっかけです。
そのとき彼はすでに高齢でした。

ですので、私が注文した時は「だめだ、自分はもう歳をとりすぎている」と断られました。
80歳代でしたから。それでも私は何度も彼に電話をかけましたが、断られるばかりでした。

それで私は、オスカルの近所の友人に、彼の家を訪ねて、笛がまだ家にあるのかどうか見てきてほしいと頼みました。
すると、1本だけあったのです。

それを買うことができました。
ここにありますよ…ほら。
これが、私が買った最初の笛です。
ここに、彼の刻印が見えるでしょう。
ヘリエダーレンのオスカル・ウロフソンとね。

これは、あなたの笛ととても似ていますね?

まさにこれが、ヘリエーダルス・ピーパですよ。
オスカルは様々な種類のヘリエーダルスピーパを作っていました。
それは、こういう形でした。
つまり、伝統的なスタイルです。

彼はどこに住んでいたのですか?

リルヘダールLillhärdalです。
ヘリエダーレンの中の小さな村です。
あなたも知ってるでしょう、笛にまつわる、あるプロジェクトがあったことを。
それはヘリエダーレン地方の楽器を調査するというもので、その中にこの笛が見つかったのです。
そしてアレ・メッレルやマッツ・バリエルンらが中心となり、オスカルに笛の復元製作を依頼したのです。
当時、オスカルは郵便局か何かに勤めていました。

ヘリエダーレン地方には他の笛吹きはいたのですか?

はい、いましたよ。
ですが、私が笛を買った時にはすでにいなくなっていました。
オスカルが笛を作り出す前には、一人、笛を作っている人がいました。
ヨナス・ヤンソンといって、60年代に亡くなっていました。
それから80年代までは、誰も演奏していなかったはずです。

では、80年代になって、笛が再発見され、演奏されるようになったとのことですね?

はい、アレ・メッレル(Ale Möller)や伝統音楽グループの演奏によって、笛の存在が知られるようになりました。
アレはアメリカにも行ったので、アメリカでもスウェーデンの笛の存在が知られることとなりました。

あなたは、どのような経緯で笛を作るようになったのですか?

オスカルに頼んだのです、笛作りを教えてくれとね。
5回ほど彼を訪れました。彼の家は私の家からは遠いですよ。
往復500㎞ほどですかね。
その頃私は学校で働いていましたので、頻繁には通えませんでした。
会いに行くと彼はいつも人がよく、そして私を正統な後継者だと思ったようです。
というのも、それまでに4、5人の人が彼に笛作りを習いに来ていましたが、うまくいかなかったのです。

あなたは学校の先生だったのですか?

私は、子供たちの登校や下校の世話をする仕事についていました。日本にはこの仕事はないでしょうか?

それから、どのようにして笛作りを始めたのですか?

まず工作機械を扱う会社を訪ねて、一番良い機械を買いました。
95~99年に180本の笛を作り、99年に初めて笛を売りしました。
それまで、良いと思える笛が作れなかったからです。

あなたは笛を作るのがとても速いですよね。

そうでしょうか?
まあ、いろいろ合わせて、これまでに1000本は作りましたよ。

伝統的な素材は何ですか?

スプルース(トウヒ)です。
スプルースはゆっくり成長します。
ですが、スプルースに限らず、他の木でも良い笛になります。

あなたは、松とか桜とかでも作っていますよね。
それぞれの木の特徴はどんなですか?

説明できません…。
同じ木だったとしても、いつも笛の個性は違います。
どんな種類の木からでも、最高の笛を作ることはできますし、演奏者の好みというのもあります。
来年からは、違う木材の導入も考えています。
私はいつも、スウェーデンで育った木で笛を作っています。
というのも、どこでどんな風に育ったか分からない木には危険な薬剤が使われていることがあり、そういう木で作った笛を口に入れたくはないでしょう?

あなたはヘリエーダルス・ピーパの他に、オッフェルダールス・ピーパも吹いていますね。
オスカルはオッフェルダールス・ピーパも作っていたのですか?

いいえ、作っていませんでした。
オッフェルダールス・ピーパはヤムトランドのものです。

私はこれを、オッフェダーレンの小さな博物館で見つけました。
それを寄贈した人は、亡くなる前に、誰かに吹いてほしいと笛を寄贈したのです。
それを借りてコピーしました。
それは、A管より短く、メジャースケールの音程でした。
それに対してヘリエーダルス・ピーパは現存するものは20本残されているのですが、ほとんどはブルーノート(長3度と短3度の間の微分音程を彼らはこう呼ぶ)を含んでいました。
何本かはメジャースケールでしたので、私は、ヨナス・ヤンソンが音程の実験をしたのだと思っています。
その頃、伝統音楽の世界にピアノがやってきたり、新しい動きがありましたから。

オッフェルダールスピーパではどの調子が一般的なのですか?

A#です。
オスカルがそれをAにしました。
その方が、ヴァイオリンなどと一緒に演奏できるからです。
そのころから、伝統音楽バンドでフィドルと一緒に演奏するようになったのですね。

いま一般的なのはA管とG管です。そしてヨーランの依頼でE管を作り始めました。
私はいつもヨーランと相談して笛を作ります。

ヘリエーダルス・ピーパとオッフェルダールス・ピーパのほかに、ラックスヴィーケンという私の住む地域の伝統的な笛があります。
これは3本発見されています。ダン・ルンドベリ(Dan Lundberg)がこの笛についての論文を書いています。
それから、モンマルカピーパはヨーランのアイデアで作りました。
ヘリエーダルス・ピーパに、最低音が半音低い指穴を追加できないかと聞かれたのです。
そして、何度も彼と試行錯誤をしてつくりました。

オスピパはオッフェルダールス・ピーパのごつごつしたデザインが気に入らないお客様のために考案しました。
お客様は、丸いデザインが欲しかったのですね。
オッフェルダールスピーパとの違いは丸い形、そして塗装していないので色が明るいことです。

オッフェルダールス・ピーパには、倍音や風の音が含まれます。
それは、指穴の付近がとても薄いからだと考えています。
オスピパでは管の厚みが4ミリありますが、オッフェルダールス・ピーパでは1.5ミリしかありません。
おかけで、オッフェルダールス・ピーパでは2オクターブ目への跳躍が簡単になります。

ヘリエーダルス・ピーパの録音を聴くと、メジャースケールの曲と、ブルーノートのスケールの曲とがあります。
これらは同じ笛で吹いたのでしょうか、それとも、スケールが異なる2種類の笛を使い分けたのでしょうか。

おそらく、2種類を使い分けています。
ブルーノートスケールの笛を使って複雑な運指でメジャースケールを吹くことも可能なのですが、ブルーノートとメジャーの2本の笛を持って、曲のスケールによって使い分けることが実用的かと思います。
それに、長い(低い)笛を持つのも良いですね。

マッツ・ベルグルンド(MatsBerglund)はG管を気に入っているようですが、どうしてですか?

わかりませんね。
マッツがうちに来た時に、彼は何本か色々な笛を試しました。そして、短いD管が気に入りました。
ダンスの伴奏のときに大きな音が出せて良いからです。

ということは、A管でもG管でもD管でも、奏者の好みで選んでいいということですか?

現代の私達が笛で吹く曲は大抵もともとはフィドル曲です。
フィドルではA、D、G、C調の曲が多いのですが、G管ではGとCが、A管ではAとDが吹けますから、フィドルと合わせるときはA管とG管を使い分けた方がいいですね。

演奏の後は管の中身を拭いた方がいいのですか?

わかりません。私自身は拭きません。
拭きたければ拭けば良いでしょう。
私は普段はオイルも塗りません。
製作時に塗るオイルは、煮沸していない亜麻仁油を使います。
オイルを塗ると、高音が出やすくなるような気がしますし、そういう話を聞いたことがあります。
ともあれ私の笛はリコーダーではなく、伝統楽器なのですから、あまり気にしなくてもいいでしょう。

今も新しいデザインは考えていますか?

考えているのはマイナー、メジャーを運指によって変えられる笛ですね。
ダブル・ホール式にして、曲によって使わない穴はミツロウのようなもので塞ぐのです。
一本の笛で済ませられます。
私の商売にはよくないでしょうけれども…(笑)

チューナブルの笛も最近出ましたね。

はい、いくつかは売りました。
ですが、管の長さを変えて音程を調節するアイデアはあまりうまく機能しないかもしれませんね。
というのも、全体の指穴の音程を変えるのではなく、特定の指穴により作用するからです。
それよりも息の強さで音程が大きく変わりますからね。