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ケルトの笛 インタビュー

パディー・モロニー Paddy Moloney / チーフタンズ The Chieftains

※このインタビューは、ホームページChiff and Fippleより、著作権保有者のDale Wiselyの許可を得て翻訳、公開しています。英語翻訳:村上亮子
 

今日のアイリッシュ伝統音楽界における、チーフタンズの重要性と、彼らがアイリッシュ伝統音楽の保存に果たした役割について語るなら、「誇張」という言葉は存在しない。
近年チーフタンズは様々なジャンルの音楽家と共演して、そのことを批判する者もあるが、このようなレコーディングやコンサートは、多くの人々をアイルランド音楽に引き込んだといえる。
演奏・録音活動が40年にもおよび、チーフタンズの名前はますます広く知れ渡ってきている。
今やっているツアーも、どの会場でもチケットが売り切れになっているし、最近、BMG、RCAの各レコード会社とも再契約した。

バグパイプとホイッスルのパディー・モロニーは、チーフタンズを結成し、リーダーを勤めている。2001年3月3日、私は、ショー前のディナーで、チーフタンズに会うことができた。
そこで、メンバー達は、なんと、口蹄疫(牛や羊がかかる病気)について、口角泡を飛ばす議論をしていたのだった。
何ということ!
私はサウンドチェックに同席し、コンサートを聞かせてもらい(7列目中央の席。ありがとうございます)楽屋裏でパディーにインタビューさせてもらった。
アラバマ州バーミンガムでのことだった。
これは、ホイッスル製作者のマイケル・バークと、チーフタンズのマネージャーのイボンヌ・マクマホンの仲介で行われ、途中で、ブッシュ政権の国家安全保障顧問コンドリザ・ライス氏からチーフタンズの法律顧問に個人的な電話が入るというおまけつきだった。(偶然?違うでしょう)

※左枠(インタビュアーデール)右枠 パディ・モロニー

バーミンガムは雨の夜です。故郷を思い出すでしょう?

そうですね。
でも誰がいちばん郷愁に浸っているかというと、このバグパイプなんですよ。
(自分のパイプを指差して)「ちょっと一杯」が好きでねえ…。
リードのことですよ。

湿度のことですね?

そうです。
このツアーは1月14日に、デンバーから始まったのですが、もう1年も前のような気がします。
私たちはまっすぐデンバーに行ったのですが、あそこは空気が乾燥していて、ささやくような音しか出ないのです。
喉もカラカラで、1週間最悪な状態でした。それから、徐々に湿気が戻ってきました。

デンバーは本当に乾燥していて、空気も薄い。そうじゃないですか?

そのとおり。いや、ここはいいですね。

ツアーの様子はどうですか?

うまくいっていますよ。
最初の3週間はナタリー・マクマスター(カナダのケープブレトン地域のフィドル奏者。ケープ・ブレトンは、カナダ東部のノバスコシア州の島)とジョアン・オズボーン(アメリカのシンガーソングライター)と一緒でした。
すごく楽しかったです。
それから今は…リチャード・ウッド(ケープブレトンのフィドル奏者)と一緒に演奏したのははじめてだったし、ダダワ(若い中国の声楽家)とずっと一緒にツアーしたのも初めてだったのです。
もちろんアルバム『Tears of Stone』の"Tear Lake" という歌を一緒にやった人です。
ツアーは楽しい驚きでいっぱいでした。
ツアーは活力と生命力であふれています。

ツアーが終わるのは?

いつもの通り、3月17日、カーネギーホールです。

その日付は聞いたことが…

セント・パトリック・デイなので)もう、国に帰らなければ…

結成されて、30ー

39年です。

39年!

1962年の11月でした。39年になりますねえ。

何と言っていいか… 驚くべきことです。
どうしてそんなことが可能だったのでしょう?

奇跡です。
間違いなく奇跡です。
このバンドを始めたのは、ダブリンの私の家でした。
下積みの時代です。
最初のアルバムをものにするのに1年かかりました。
モノラルでした。古きよき時代でした。
あの頃も、私たちは色々新しいことに挑戦していました。
この部屋くらいの小さなスタジオでしたが、硬質繊維板(ハードボード)を持ち込んで、床に敷きました。
ダンスの音がほしかったのです。
でもダメでした。モノラルでしたから。
でも後で、6枚目のアルバムのとき、スタジオでやってみましたよ。
すばらしい魔法のような時間でした。
すばらしい思い出。
みんな、それぞれ別に仕事を持っていました。

ええ、最初はみんな、本職は別にあったでしょうね。

レコーディング(セッション)をしました。
アルバム1つ録音するのに、毎晩7時から10時まで、5晩かかったと思います。
74年か75年頃まで、フルタイムではできませんでした。
その間、色々なことがありました。
結局、私はクラダレコードの社長になりました。
私たちにアルバムを作る機会を与えてくれたレコード会社です。

でも50年代初めのことも、すべては後のチーフタンズにつながっていました。
私はカルテットもデュエットも、ケーリーバンドもみんなやりました。
スキッフルバンドもやりましたよ。

えー、スキッフルバンドですか?

ご存知ですか?
洗濯板なんか使ってやる、ロニー・ドネゴンなんかの…

「ベッドの足につけたチューインガムは一晩で味が消えるか?」なんて曲を録音していましたね。
ロニー・ドネガンとスッキッフルグループ。
どうして知ったのか記憶にないのですが…

(笑)ええ。
でも、もちろん本当の音楽、私の好み、私の一番はアイルランド伝統音楽でした。
私を放さないのです。
バグパイプとホイッスルですよ。
やがて、私たちは最初のアルバムを録音し、製作しました。
本当は1回限りのつもりだったのです。
市場は限られているし、先のことは不透明でした。
こんな風にどんどん大きくなってくるなんて、誰に想像できたでしょう。

でも、60年代後半になっても、まわりには私達の音楽を楽んでくれる変わり者の観客やファンがいました。

ええ、ローリングストーンのように。ビートルズは…

ええ、そんな人たちですね。
1969年に2枚目のアルバムを作っていた時、レコードを作る場所を探していました。
ロンドンがベストでした。
そこで、アベイロードに電話してみました。
ビートルズがそこを6ヶ月使っていたのですが、私たちに1回、午前中を空けてくれました。
もちろん、みんな見に来ましたよ。ジョン・レノンやポールが。

Chiff & Fipple の読者はほとんどがホイッスルを吹く人なのです。
技術的には様々なレベルの人がいます。

すばらしいことです。

ずっとジェネレーションのホイッスルを吹いていますね。
単なる習慣なのか、ジェネレーションを好む理由が何かあるのかと思っているのですが…

まあ、慣れたってことですかね。
いい笛を手に入れたら…ジェネレーションのホイッスルを全部吹いてみるわけにはいかないので。

そうです。その通りですね。

ええ、今ここに持っているのは、お見せするのがためらわれるのですが、今舞台で使っているものです。

見たことがあります。
マネージャーのイボンヌが見せてくれました。

3つに分かれるのです。(デール:赤いマウスピースの真鍮のジェネレーションで接着剤と黒い絶縁テープで留めてある)
接着剤で留めてありますね。
でも、それでも、ジェネレーションのホイッスルの素敵な柔らかな音がするのです。
それが好きなのです。
22年前にメアリー・バーギンがくれたものです。

そうだったのですか。

それ以来もう一度彼女に連絡を取ろうとしているのですが…
いつもいい笛を選んでくれるのです。
6歳からホイッスルを吹いています。
母がダブリンで1シリング9ペンスで買ってくれました。
自分で練習しましたが、残念なことに、右手を上にしてしまったのです。
後になって、バグパイプをするとき、手を入れ替えなければなりませんでした。

バグパイプでは左手が上だから…

ええ。
あの頃は、誰もやり方を見せてくれませんでしたから。
でも家で、ダンスの伴奏に加わりました。
よくダンスの集まりをしたのです。
9歳のときバグパイプを選びました。
アイルランドでは色々なコンクールがあります。
あの頃の重要な出来事でした。十代の頃です。

クラークのC調ホイッスルも吹きました。
これも好きでした。
チーフタンズの初期のアルバムで吹いていますよ。

クラークはずっと、C調だけしかなかったですね。

ええ、あの頃はC調だけでした。
丁度よかったのです。
私たちのコンサティーナはC調でしたから。
クラークはマウスピースが濡れてしまうまではいいのですよ。(笑)

ふやけた木ですね。

でもすばらしい楽器です。
エアーには合いませんが、ダンス音楽にはピッタリです。
それがジェネレーションの特徴のひとつです。
慣れてくると、音をベンドさせたり(bend the notes)、色々な楽しいことができるのです。
あなた自身のものにしてください。
演奏技法なんか忘れて、音楽が自然に流れ出すのです。

ショーン・ポッツと私は仲のいい友達で、お互いに影響しあい、やがてアルバム 『Tin Whistle』 を作りました。
週末だけで作ってしまったのですよ。

そのCDなんですが、しばらく売り切れになっていて、今、再版されているのですよ。ご存知でした?

本当ですか?また見れるとは、うれしいですね。

ホイッスルというのは本当にすばらしい楽器です。
内ポケットに入れて、どこへでも行ける。
ーたとえば2週間前、スペースシャトル、ディスカバリーの発射の時に演奏するように頼まれたのです。
わたしは"America the Beautiful(麗しのアメリカ)" を演奏して、それからジグになりました。
実は"Lots of Drops of Brandy" をやったのですよ。(笑)

そうですか。

マイケル・バークの新しいホイッスルも吹いてみました。

ええ。マイケルは Chiff & Fipple のいい仲間ですよ。

マイケルと私はほんの数週間前に会ったところなのです。
3、4本のホイッスルを作ってくれたのですが、すばらしいです。
音色がすばらしいのです。
これからはこの笛無しにはレコーディングできませんよ。
色々な調子の笛を吹くし、いつもD調が一番というわけではないのです。

アルミの笛を見せてくれたのですか?

ええ、1つ持っています!
使ってみました。
ポール・サイモンの追悼コンサートに招かれたのです。
ジョアン・オズボーンと私たちで、”Homeward Bound”(早く家に帰りたい)をやったのですが、そこでアルミのホイッスルを使いました。
フルートみたいな音色で、本当に美しいのです。
みんな気に入ってくれました。
コンポジット(樹脂=2014年生産終了)のも持っています。
1週間ほど前に使い始めたばかりです。
映画「アグネス・ブラウン」(日本未公開)のために書いた曲を演奏するためです。
アンジェリカ・ヒューストンの映画です。
そこでは普通のC管だけを使ってきましたが、今ではステージでマイケルのホイッスルを使っています。
すばらしいです。

それを聞いたら、マイケルも喜ぶでしょう。

マイケルがくれた素敵なホイッスルが2つあって、ずっと使っています。

チェリッシュ・ザ・レディース(Cherish the Ladies)が12月にここに来て、ジョーニー・マッデンが…

そのジョーニーが、私をマイケルに紹介してくれたのですよ。

ええ、ジョーニーも、そう言っていました。
色々なメーカーのホイッスルを持って行って、あなたが一番気に入ったのはバークのだったって。

それに、ジョーニーの持っている一番いいホイッスルも1つくれたんです。
みんな、いい人たちです。

チェリッシュ・ザ・レディースがここにきた時のことです。
天候が悪くて、彼女たちの車が1台遅れてしまったのです。
で、メアリーはギターがないし、ジョーニーはホイッスルもフルートもない。ホイッスルを借りなければならなかったのです。
何曲か歌をやった後で、やっと楽器が届きましたが…

そんなことがあったのですか?
コンサートが何とかなって、よかったですね。

ホイッスルを始めようと思う人たちに、何かアドバイスはありますか?

ずっと言い続けていることがあるのです。
たとえば、誰かが、バグパイプをやりたいと言いますね。
私はホイッスルはやったことがありますか、って聞くんです。
どんな楽器でも、まず、ホイッスルから始めるのがいいと、本当に思います。
もし音楽をするのが初めてなら、何か楽器をするのが初めてなら、そして、ピアノとか、フィドルとか、フルートとか、とにかく何でもやってみたいと言うのなら、まずホイッスルです。
ホイッスルは音階構造を見抜く力を与えてくれます。
最初の楽器として、まずはホイッスルです。
すばらしい楽器ですよ。

少なくともアメリカでは、学校ではまずリコーダーを与えられることが多いですね。
ホイッスルのほうがいいのじゃないかと思うのですが…

アイルランドでは、私が学校に行っていた頃、学校にティンホイッスルバンドがありましたよ。
たいしたものでしたよ。
日本にもあります。
私たちが日本で演奏した時、80人の子供がホイッスルで"March of the King of Laois"(リーシュ王のマーチ)をやってくれました。
すばらしかった。信じられませんでした。
私はホイッスルを出して、"Fire in the Kitchen”の曲を吹きました。
”Fire in the Kitchen”と銘うったホイッスルがありました。
"Fire in the Kitchen”はブレトンやノヴァスコシアのすごい音楽家が大勢参加しているいいアルバムでした。
でも、こんな風に何かに名前を載せるのは間違いじゃないかと思いました。
だって、大多数の曲は、私自身は参加していないのですから。

つまり、ホイッスルは最初の楽器として丁度いい、ってことです。
たとえば、デレク・ベル(チーフタンズのハープ奏者)にホイッスルを1つあげました。
時には、みんなでホイッスルを吹いてオープニングにすることもあります。
でも、完全に満足というのはまだないのです。

ジェネレーションは強く吹き込んだり、少しいじったりしなくてはなりません。
エッジに手を加えないといけないのです。
開口部を小さくして、空気の流れを減らすのです。
たとえばジョーニーはとても強く吹きますが、私はもう少しやさしく吹くほうが好みです。
マイケル・バークは、私にホイッスルを持ってきてくれた時、そのことも考慮してくれました。

チーフタンズは、次に何を考えているのでしょうか。
ますます人気が出て、忙しくなっていますね。

忙しい!
ええ、誰がこんなこと想像できたでしょう。
BMGが私たちのレーベルを再編成しました。
小さなレーベルをいくつか整理したのですが、私たちのは残りました。
さらに新しい5枚のアルバムの契約も成立しました。
だから、ますます忙しくなりますね。
まもなく結成40周年です。
つまり今年の終わりにはダブリンでコンサートやレコーディングがあるということです。
どういう形になるか、まだわかりません。
一緒に仕事をしたいと思う人はたくさんいます。
ジェームズ・テーラーでしょ。
それから、シェリル・クロー(Sheryl Crow)。
『Tears of Stone』では、彼女に参加してほしかったですが、うまくいきませんでした。
他にもすばらしい音楽家たち、世界中の民族音楽をする人たち。
5月に3週間日本へ行きました。
日本のシンガーのテープをいっぱい受け取りました。
今日、それを聞いているところだったのです。

そんな人たちと一緒に演奏できるのは、特権ですね。

すばらしいです。
思い出すのは、去年一緒にツアーした、モンゴルの喉歌の人たちです。
彼らの音楽と歌…ジグのリズムがそこにありました。
ぴったりとジグを合わせることができました。
そっくりなんです。
たぶん、山のせいです。
わかりませんけどね。
でも、おっしゃったように、このような人たちと一緒に仕事ができるということは…旅行も簡単になったし、テクノロジーも発達したし、世界はどんどん狭くなっています。
交流することができるし、現地へ行ったら、そこのミュージシャンと仕事ができる。いいですね。

ありがとうございます。ショーが成功しますように。

ありがとうございます。
読者のみなさんによろしくお伝えください。