【続スライゴー・ミュージック】「歌」編

ライター:松井ゆみ子

今回は歌に照準を合わせました。広域すぎですけれど、シャン・ノースSean-nósに源を持つシンガーたち、というくくりかな。それと男性シンガーの特集です。なぜかアイルランド音楽の歌に関して、女性シンガーが圧倒的な人気なんですよね。それも特に国外で。

エンヤEnyaに始まり、クラナドClannadやアルタンAltan、ダーヴィッシュDervishといった世界的に活躍するアイリッシュ・グループのフロントも女性たち。男性シンガーたちはパブ・ミュージックのイメージになってしまうのかしらね。

アイルランドの北島三郎といったポジションのクリスティ・ムーアChristy Moore(紅白歌合戦があったら絶対にトリ)でさえ、世界にはばたききれていない印象なのは残念至極。なので、個人的にも大好きな男性シンガーたちをご紹介したいと思います。

アイルランド伝統音楽における歌のルーツはストーリー・テリングにあります。今も根強い人気のストーリー・テリングは、地元に伝わる民話や妖精話などを語る身近なエンターテイメント。アイルランド人の話好き、語り上手はストーリー・テリングの文化に裏打ちされているのだと思います。さらにケルトの時代にさかのぼっても、そこには吟遊詩人とよばれる語り部がおおり、アイルランド人のDNAに深く刻まれているのにちがいありません。

シャン・ノースとよばれる独唱はメロディーや独特の節回しがあって「歌」の形態をしていますが、なが〜い物語を歌で綴ったもので、限りなくストーリー・テリングに近いものです。

正直つい最近まで、シャン・ノースを聴くのは苦手でした。ゲール語で歌われるものが多く歌詞がまったく理解できないため、お経を聞いているような感じで。それがテレビで放映されたある映画を見て以来、ようやく興味がわいてきました。

コネマラ出身のシンガー、Joe Heaney (ジョー・ヒーニー、1919 – 1984 )の伝記“Song of Granite”。映像も素晴らしく、現在活躍するシンガーたちがゲスト出演しているのもすてき。ジョー・ヒーニーはロンドンやアメリカと海外で活躍したシンガーですが、地味な存在で、こういう人をテーマに映画を作る意欲がすごいと思う。

主演は現役シャン・ノース・シンガーのミホール・オコネーラMichael O’Chonfhlaolですが、彼のことは映画を見るまでまったく知りませんでした。いろいろ調べても経歴がまったく謎。すべてがとてもアイルランド的。

テレビの予告編の映像で即「わ、見なくちゃ! 」と思わせたのは、荒涼としたアイルランドの景色と、歌の強烈な存在感。ジョー・ヒーニーの子供時代を演じた子役がまたフォトジェニックで、ちょっとジュリエット・ビノシュみたい。機会があったら、ぜひ見てみてください。

ジョー・ヒーニー役のマイケル(ミホール)が、友情出演のアコーディオン奏者シェイマス・ベグリーSeamus Begleyと手を握りあって歌うシーンは感動的です。こうして魂を交換しながら歌う習慣も、まったく知りませんでした。

シェイマス・ベグリーはアコーディオンの第一人者ですが、歌が素晴らしいのを知ったのは数年前のこと。ラジオで聞いたのですが、Sweetという言葉以外の形容が浮かびません。ずーっと聞いていたい、そんな声。夫マークは即座にファンになり、CDを買ってきました。特にゲール語で歌うのが素晴らしい力を放ちます。

CD “The Bold Kerryman ”(2015年)
映像は、スライゴーのバンド、テアダTéada(シェイマスもメンバーとして参加しているグループ)との演奏です。

前回フルート奏者として紹介した、コラム・オドネルも歌のアルバムを出しています。映像は兄弟で歌っているゴキゲンなリルティング! 牧羊ファームが舞台になっており、きっと自宅。確認できておりませんが。

リルティング Lilting。これもなぜか日本ではあまり知られていませんよね?

楽器のチューンを口で「演奏」するもので、立派な伝統音楽のひとつです。楽器が手に入りにくい辺境や、貧しい地域でさかんに取り入れられた手法なのだと思います。フィドルのレッスンに行ったときに、先生がリルティングでチューンをなぞることが少なくありませんでした。楽器を持つと指使いに気をとられるので、歌って覚えるのは早道なのです。

さて、お次はわたしの大好きなジョン・スピラーンJohn Spillane。「アイルランドの良心」とよびたくなる、音楽と人への愛にあふれたシンガーです。

今年新作が出たばかりで、タイトルは“100 Snow White Horeses”。たくさんの白馬とは荒れた海に押し寄せてくる白波を形容した言葉ですが、彼の故郷コークには有名な音楽パブ“The White Horse” があり、敬意をこめているのかなとも思ったり。女性シンガー、ポーリーン・スカンロンPauline Scanlonが参加していて、すてきなデュエットを聞かせてくれています。

彼女はディングル出身で、大人気のアコーディオン奏者シャロン・シャノンとのコラボレーションが知られていますが、なぜかあまり話題にならなかったシンガーで、このアルバムで評価がぐっと上がりそうな気がします。ジョン・スピラーンはゲール語で歌うときのほうが好きなのですけれど、今回は久しぶりに英語で、ポーリーンとのデュエットではエレガントに響いてきます。

最後は、イーヴァガボンズYeVagabonds。中部域カーロウCarlow出身の兄弟デュオ。カーロウ出身のミュージシャンって、他に聞いたことないかも?

大御所アンディ・アーヴァインAndy Irvineの大ファンと聞いたことがあり、なるほど、何か同じような温もりを感じる二人。世代を超えて先輩シンガーの影響を受けるのは、アイルランドらしい図式でいいなぁと思います。

曲は“I’m a Rover”。Roverはアイルランド人の好きな言葉なのだと最近知りました。さすらい人とでも訳すといいのかな。

島めぐりしながらライヴをする二人のドキュメンタリー映像もすごくいいので、お時間のあるときにぜひ!

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