知られざるスライゴーの魅力

ライター:松井ゆみ子

今回から執筆陣にまぜていただきます、松井ゆみ子です。

カウンティ・スライゴー在住、ドニゴールとの県境にほど近いクリフォニーというヴィレッジでカントリーライフを満喫中。引っ越してきたのは去年ですが、この10年あまり訪れる機会が増えていて、ようやく根をおろせました。スライゴーはアイルランド人でさえ「まだ行ったことがない」という人がけっこういて驚かされますが、この土地の魅力は案外伝えづらいのかもしれません。イエイツゆかりの地で、アカデミックな面が紹介されるので敷居が高い印象もあるのかな。

伝統音楽のメッカでもあるのですが、それもまたクレアやドニゴール、ケリーやゴールウエイなどの陰にかくれた存在で。せっかくなので誰にも教えたくない気持ちもあるのですが、それではもったいなさすぎるので、お伝えしていきたいと思います。

わたしは下手くそながらもフィドルを弾きます。初めて習ったのは、ここクリフォニーで。最初に親しんだのがスライゴースタイルだったのは幸いでした。ドニゴールやクレアのスタイルと異なり”洗練された”がキーワードのスライゴースタイルは、説明がなかなか難しく「お。スライゴースタイルのフィドルだ」と気づくのは、かなり耳の肥えた方だと思います。

地域ごとに異なる弾き方の違いを”スタイル”といいますが、これは言葉の”訛り”と同じ。かつては移動手段が限られていて、他の地域のミュージシャンとの交流は今よりもずっと少なかったはずで、その地の”訛り”が温存されやすかったにちがいありません。

スライゴースタイルの教祖マイケル・コールマンは、アメリカに渡って当時はまだ珍しかった録音をたくさんこなし、レコード化されたことでアイルランド全土で広く知られるようになり、彼のフィドル=スライゴースタイルが ”標準語”になり、さらに生粋のスライゴースタイルが見えずづらくなったともいえます。

わたしの場合は、標準語か訛りかという以前に、カタコトから大人の言葉に成長したい。

スライゴーを代表するトラッドグループがダーヴィッシュ。前身のグループ名はThe boys of Sligoという身もフタもないもので。のちの参加で、ダーヴィッシュのフロントをつとめ、今やスライゴーの親善大使的役割のスター、キャシー・ジョーダンは隣県ロスコモン出身。やはり後年に参加したフィドラー、トム・モロウも隣県リートリム出身で、スライゴーを代表するグループは意外やクロスオーバーなのでした。誰かがトム・モロウに「あなたのフィドルはどこのスタイルか」と聞いたら「自分のスタイル」と答えたそう。彼はリートリムを代表するフィドラー兄弟、チャーリー&ベン・レノンの、特にベンの影響を受けているそうですが、そこから築いたトム・スタイル。

リートリムは、スライゴーよりもさらに謎の多い地域なので、まだわたしには何も語ることができません。

一時ダーヴィッシュに参加していたシェイミー・オダウドは、生粋のスライゴーミュージシャン。ギタリストですが、彼のフィドルはわたしの思うところの”スライゴースタイル”の代表選手。マイケル・コールマンの手法を完全に自分のものにしていて、かつ”彼流”。クラシックカーにターボを搭載したような弾きっぷりは、コールマンも真っ青になりそう。

ソロアルバムは現在3枚出ている模様。新しいものから、

@Live at Hawk’s well (2019年)

スライゴーにあるこじんまりしたシアターで録音されたライブアルバム

同じ場所でこのCDの発売記念に行われたコンサートに行って買いました。彼のフィドルの腕前も聞ける、すてきなアルバムです。

@Wood & Iron (2014年)

いいタイトルですよね!これは確かダウンロードできたような。

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@Headful of Echoes (2006年)

以上は、Seamie O’Dowd のサイトのオンラインショップで買えるようです。が、確かなことはわかりません。スライゴータウンに、楽器&CDを販売するいいお店があり、特に地元ミュージシャンのCDの品揃えがよく、しばしば勉強も兼ねて訪れています。店主の知識が素晴らしく、ミュージシャン&CDの解説をしてくれるので、購入時の大きな助けに。で、ここでシェイミーの「Woood & Iron」を買うつもりだったのですが、店主いわく「彼、しょっちゅう来るんだけど、いっつもCD持って来るの忘れるんだよねー」と言ってました。商売っ気、ゼロ・苦笑

ソロアルバムではないですが、やはり地元のピアニストKieran Quinnとのコラボレーション作品「Seamie O’Down & Kieran Quinn / melodic reflectin」を確かパブで購入。シェイミーが毎週月曜日に演奏している、トーマス・コナリーで。店の奥の方からひっぱり出してきてくれて、紙のジャケットが少しひしゃげていましたけど、これが名盤で。ジャズのテイストもあり、家でくつろぐときにはサイコーの1枚です。シェイミーの音楽の領域の広さを実感できます。歌も素晴らしいです。

彼が参加した、他のミュージシャンとのコラボレーション作品は、Dervish含めてたっくさんあるので、ここでは割愛いたしますが、シェイミー・オダウドはスライゴーというくくりだけでなく、アイルランドを代表するミュージシャンなので、機会があったらぜひ彼の演奏を聴いてみてほしいです。

たぶん、アイルランドでいちばん多忙なミュージシャン。いっつもどこかで演奏しています。大きなコンサートにもよばれますが「え?」というような、ふつーのパブのセシューンに参加しているのを何度目撃したことか。まるで回遊魚。演奏イコール生きている証なんですよね。そういうミュージシャン、アイルランドにはたくさん生息しております。

いきなり、わたし流のとりとめのない話題に終始しましたが、スライゴーの話はいずれまた。

まもなく17年ぶりにエッセイ本を出します。

「アイリッシュネスへの扉」(版元:ヒマール)には、スライゴーでの暮らしに加えて、歴史、文化、そして音楽の話も書いています。いくつか参加した伝統音楽のサマースクールのレポートなども。合わせてお読みいただけたら幸いです。

アイルランドの今の、こんなことが聞きたい、知りたいということがありましたら、どうぞお知らせください。

こちらはラジオの番組が素晴らしく、今は日本でもインターネットで聞かれますから、そんな情報もおいおいお伝えしたいと思っています。