【私とケルト音楽】第15回:楽器工房ダルシクラフト 井口敦さん 後編

シンガーソングライターの天野朋美がお送りする「私とケルト音楽」。

このコーナーでは様々な世界で活躍している方に、ケルト音楽との出会いやその魅力についてお伺いしていきます。

今回も楽器工房ダルシクラフトよりオーナーの井口敦さんをゲストにお招きし、楽器職人を選んだ理由、そして今後の展望をお伺いました。

どうぞお楽しみください。

オーディオマニアから楽器職人へ

――プレイヤーではなく職人を選んだのはなぜですか?

井口:プレイヤーだったら、もっと才能があって上手な人がやるべきですね。

楽器職人はずっと前から志していたというわけではないですが、幼少期から工作が得意でスピーカーを作ったりアンプを作ったりなど、オーディオマニア的な部分がありました。

職人は下積み10年という所があって、今活躍しているギターやマンドリンの職人さんたちは30年とか40年も続けている人がほとんどです。

60歳から始めた私は、そういう方たちには絶対追いつけない。

なので、そこに追いつこうというわけでは無くて、もっとニッチなハンマー・ダルシマーとか、ニッケルハルパとか、ある程度はやりたい人がいる楽器を扱おうと考えました。

ある程度というのは日本で100人くらいですね。

100人というとマーケティング的にはビジネスの可能性が0です。

しかし、そのニッチな分野を5つくらいやれば500人くらいのプレイヤーがいてそれだけの楽器があって、楽器は大体1パーセントは不具合が起きるので修理の需要があるわけです。

今までそういった楽器の修理はどうしていたかというと、簡単なものならギター職人さんが直したり、プレイヤー自身が直したりたりしていたのですが、もっと重大な修理になると本国のビルダーさんに送り返すことになるのです。

実際私自身もハンマー・ダルシマーで何度かそういう経験があって、アメリカまで送り返すとなると運賃が往復で10万円程かかるんですね。

写真を撮って送って故障個所を見せ、ビルダーさんも「それは俺が直すから、送り返してくれ」というのですが、それが数回続くとうんざりしてきます。

そのうちに、「これはこうすれば直るからお前自分でやってみろ」と教えてくれるようになりました。

周りでも同じ状態で困っている人がいることに気づき、それだったら私でも直せるよと。

それが50歳くらいの時です。

今はインターネットの普及で世の中が加速しているので、現地とのコミュニケーションも取りやすくなりましたが、昔は楽器が壊れると手紙でやり取りしていたんで1カ月以上かかるんですね。

それなら私が得たノウハウを提供して、そうすれば運送料に10万円もかけなくていいですし、私に幾ばくか払ってくれればビジネスとして成り立つのではないかと思ったのです。

――お仕事をする中で苦労することはありますか?

井口:好きなことを好きなようにやっているので、あまり苦労した実感はないのですが、WEB制作や写真撮影は苦手でなかなかかっこよく見せられません。

また、民族楽器の特性をご理解されず、大量生産されている電子楽器同様にとらえられている方もたまにおられて、何でもお金で解決できると思っておられる方には世の中そうではないこともあることをご理解いただくのは難しいです。

あとは…個人事業主なので、自分のモチベーションを維持して継続的に前向きに進めていくのが時として難しくなります。

コロナ自粛の時はやることがなくて大変でした。

信頼関係の先に手に入れることが出来るニッケルハルパ

――スウェーデンの民族楽器であるニッケルハルパについて教えてください。

井口:ニッケルハルパは本国スウェーデンにおいても楽器屋さんでは売っていません。

ビルダーさんにお願いして作っていただくわけですが、大量生産しているわけでもなく、ビジネス的には非常に扱いが難しい楽器です。

地道にビルダーさんと知り合い、信頼関係を築きつつタイミングがあえば分けていただけることもあるという感じです。

製作に非常に多くの工数がかかる楽器なので、安価で良いというものは存在せず、良いものは高価になってしまいます。

これから購入されたい方のお話をよく伺い、ビルダーさんにその思いを伝えて分けていただくというような思いの橋渡しがとても重要です。

何人かのビルダーさんとお取引いただいていますが、今年のスウェーデンはコロナの影響も大きくなかなか楽しい話がスムーズには進みづらい環境となっています。

横浜の工房では、若手の二人が通ってニッケルハルパを製作しています。

いまに国内最大のニッケルハルパ工房になるかもしれません。

大抵の修理はできますから、日本のニッケルハルパプレイヤーはスウェーデンに送り返さなくて済みます。

その点では随分に役に立っていると思います。

修理・販売を通して楽器の作り手や文化の背景を伝えていく

――今後の展望を教えてください。

井口:今まで、修理工房内にて楽器販売も行ってきましたが、多少は在庫を持ち、お客様が実際に手にとって楽器を試せる環境を提供するため、工房の二部屋となりに「SHOWROOM」を開設しました。

当初4月にGrand Openを目指していましたが、コロナ禍もありボチボチとさみだれ式にオープンとなりつつあります。

ハンマー・ダルシマーはDusty Strings, Master Works, Songbirdの製品を比較検討いただけるようにします。

マウンテン・ダルシマーはMcSpaddenの製品2本、そしてRon Ewingのバリトン・ダルシマーの程度の良い中古を用意しております。

ニッケルハルパは本年後半にThor Pleijel氏の作品が入りますがご購入者が決まりましたので次は来年になります。

程度のいい中古品も1台入る予定です。

現在工房に通いで来ている二人のニッケルハルパも将来販売できるようになることが期待されます。

――最後に読者へのメッセージをお願いします。

井口:ケルティック音楽を楽しんでおられる皆さんやこれからやってみたいと思われている皆さんに、DulciCraftは楽器の作り手の思いとそのバックグラウンドにある文化や歴史を少しでも伝えるお手伝いをさせていただければと思います。

もちろん音楽はそれぞれの自己表現の手段ではあるでしょうが、数ある音楽の中から特にケルトなど民族音楽に興味を持たれたなら、ぜひその背景にある文化、伝統に敬意を払い、マイナーな楽器を製作している作り手の思いにも興味を持っていただけると幸いです。

(終わり)

【Profile】


出典 https://dulcicraft.com/

ゲスト:井口敦(いぐちあつし)
普通の楽器屋さんでは売っていない欧米の民族弦楽器ハンマー・ダルシマー、ニッケルハルパ、アイリッシュ・ブズーキなどの修理・製作・輸入販売を行っているDulciCraft(楽器工房ダルシクラフト)オーナー。
https://dulcicraft.com/
インタビュアー:天野朋美(あまのともみ)
ケルトを愛するシンガーソングライター、やまなし大使。
株式会社カズテクニカCM出演中。
https://twitter.com/ToMu_1234

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