アイルランド伝統音楽での#Me Too運動の広がり

権力や地位のある男性から性被害に遭い、恥ずかしさからや報復を恐れて泣き寝入りしていた女性たちが声を上げ始めました。

きっかけは2017年にハリウッドの映画界を揺るがした、大物映画プロデューサーのセクハラ・スキャンダルです。新聞の告発が発端となり、多くの女優たちが彼から受けた性被害を告白しました。

性被害の訴えは雪崩を打ったように広がり、この映画プロデューサーだけにとどまらず多くの有名監督や俳優が告発されるに至りました。

彼女たちの勇気ある行動は、世界中の女性が抑圧や性被害をカミングアウトする原動力となりました。彼女たちがSNSで #metoo(ミー・トゥー「私も」)というハッシュタグをつけて性被害を告白したことから、抗議運動は「Me Too運動」と呼ばれ現在も続いています。

2020年7月24日アイルランドの公共放送RTÉで、とあるドキュメンタリー番組が放送され、伝統音楽コミュニティーに激震が走りました。

Paul Murphyポール・マーフィーがキャスターを務める番組RTÉ “Prime Time Investigates”(ゴールデン・タイム「調査」)で、アイルランド伝統音楽コミュニティーでの性的虐待やいじめ、ハラスメントの問題が明るみに出たのです。

番組URL (RTE playerをダウンロードしてご覧ください。動画の2/3あたりから)
https://www.rte.ie/player/series/prime-time/SI0000000825?epguid=IH000383005

番組ではコンサーティーナ奏者 Éilis Murphyエイリシュ・マーフィーとアコーディオン奏者 Edel Ní hurraoinイーデル・ニ・チュレインら、女性伝統音楽家のエピソードが紹介されました。

21歳のエイリシュは、18歳の時ギグ(パブやクラブでの軽いコンサート)で共演者の男性と同じホテルの部屋に泊まることになりました。

エイリシュが酔ったまま目が覚めると男性は自分の隣に寝ていて、わいせつな行為を受けていました。

男は性加害を否定し、彼女は性被害を警察に訴えることができませんでした。

男はギグやフェスティバルの仕事をすべて握っている人物で、伝統音楽のコミュニティは小さいので、仕事の上で報復に遭うことを恐れたのです。

そして「自分が忘れれば良いのだ」と考えました。

のちに被害を公開すると、自分の親しい友人を含め他にも同じ男に被害を受けた女性が複数いることが明らかになりました。

イーデルは15歳の時に音楽祭に参加して性被害に遭いました。

60歳代の男性ミュージシャンと二人でいるときに、彼が冗談めかして恋人はいるかなどど聞き、イーデルの手をつかむと、自分の股間に押し当てたのです。

イーデルは何が起きたか分かりませんでした。

イーデルは言います。

当時はそういうことを話せる時代ではなかったし、誰かに打ち明けたらセッションに行かせてもらえなくなると思いました。

番組はその日のうちに大きな反響を呼び、TwitterやIGなどSNS上で #MiseFosta(ミシェ・フォースタ 北部アイルランド語でMe Tooの意味)とハッシュタグをつけたツイートが多く投稿されました。

IGでは専用のアカウントが開設されました。

https://www.instagram.com/misefosta/

SNSでの投稿で、人気バンド Beogaの歌手でフィドル奏者Niamh Dunneニーブ・ダンはパブでの公演の際にステージ上で年上男性から首を絞められたことを告白しました。

そのことは人々から忘れられ、誰も触れずにいましたが、そのような行為は容認できないと憤ります。

この番組を受けてITMA (The Irish Traditional Music Archive アイルランド伝統音楽アーカイブ)は性的虐待、いじめ、ハラスメントについて宣言を出し、伝統音楽おいて女性が受けるあらゆる性被害を非難し、性被害を告発した勇気ある女性たちの伝統音楽への貢献を評価する旨を述べました。

https://journalofmusic.com/news/rte-investigation-highlights-sexual-abuse-irish-traditional-music

このような性被害これまでも存在していたのに、誰も表沙汰にすることはなかったのです。

アメリカのシンガー、Dr.Karan Caseyカラン・ケイシー博士は番組内で伝統音楽でのジェンダー問題について、

Mise Fosta運動は、自分の世代の女性が私のようにこの問題について沈黙してきたことを示している。勇敢な彼女たちに対して、私達は大きな恩を感じなくてはいけない。性的暴行や、芸術の中で性被害がどのように発生するかについて真剣に議論をする必要があると思う。

と発言しました。

ケイシー博士は続けます。

伝統音楽では手順を追って性被害を訴える正式なしくみがないため、女性が何かを訴えることは難しくなります。性被害は男性にも起こりえますが、男性が性被害を公に話すことはさらに難しいでしょう。性犯罪は親しい知人の間で起こります。それが問題を複雑にしています。

司会のポール・マーフィーはブログで、伝統音楽特有の状況が性犯罪を発生させ性加害者が罰せられにくくしていると指摘しています。

伝統音楽が演奏される場所ではアルコールを摂取していることが多く、出演料の変わりにアルコールを提供している店では共演者が酒の影響を受けていることがあります。

さらに演奏者とパブとの雇用関係が非正式であるために、性犯罪が起きた時に通報ができる人事部のような組織が存在しません。

番組に出演したÚna Monaghanウーナ・モナハン博士は性被害を明らかにすることで、それまで美しかったものを汚すことを恐れてしまう心理が、告発を難しくしていると述べています。

モナハン博士はケンブリッジ大学の資金提供を受けてジェンダーと伝統音楽について研究をしています。

その研究ではジェンダーと伝統音楽に関して、主に女性の無記名で83人の回答者から121のエピソードを集めており、9%が性的暴行について、13%がセクハラについて、17%が性的な皮肉や発言について、59%が社会のジェンダー偏見について言及しています。

また同じ演奏能力があっても男性と同じ報酬を受け取れなかったという声もありました。

モナハン博士は番組にコメントをしています。

ひとつひとつの事件にはそれぞれのストーリーがあり、いろいろな形で片付けられてしまいます。誰かの行いが悪かったとか、誤解だとか、よくある取るに足らないことだとか。ですから証拠は個別のストーリーから明らかになるのではなく、たくさんの体験談を集めることで立ち上がって来るのです。

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