【富める人とラザロの5つのヴァリアント】オーケストラアレンジで聴くケルト・北欧の伝統音楽

ライター:吉山雄貴

伝統音楽の曲集をいくつかおもちのかたは、よくご存知だと思います。

伝統音楽では、同じ曲のはずなのに、楽譜ごとに音符が微妙にちがっていることが、当たり前です。

ある曲集では「ソソソ」と書かれている部分が、別の本では「ソーソ」になっていたり、「ソーー」だったり、同じく「ソーー」だけど上に装飾音の記号がついていたり、挙げ句のはてに「ソラソ」だったり……。

音符だけならいざ知らず、ときには調やリズムが、丸ごと変わっていることもあります。

通常ジグとして知られる(ハズの)、Connaughtman’s Rambles。

私はあるCDで、ワルツとして演奏されているのを、聴いたことがあります。

伝承曲はもともと、文字どおり「伝承」されてきたものです。

Aさんが演奏したのをBさんが聴いておぼえ、別の機会にBさんが演奏したのをCさんが聴いて……、それのくり返しです。

要するに伝言ゲームです。

伝言ゲームを実際にやったことのあるかたならば、納得してくださることでしょう。

最後の人が口にするコトバは、最初の人がいったものとは、もはやまったくの別物です。

しかし伝承曲は伝言ゲームとちがって、伝達経路が1つではありません。

BさんがAさんから習った曲を、Cさん、Dさん、Eさんの3人に披露しても、なんの問題もありません。

ステキな曲なら、むしろそうすべきでしょう。

かくして、Aさんが最初に演奏した曲を、Xさんはジグとして、Yさんはちがう調のジグとして、Zさんはワルツとしておぼえている、などということがおこります。

私なんかヘタクソですから、私がぜったいにミスしないテンポでジグを演奏したら、みなさまの耳にはワルツに聞こえますよきっと。

音楽にかぎらず、同じものが伝わっていくうちに変化したものを、英語でvariant(ヴァリアント)といいます。

ここまでが前置き(長っ!)。

今回おはなしする、「富める人とラザロの5つのヴァリアント」は、その名のとおり、「富める人とラザロ」(Dives and Lazarus)というイングランド民謡の、5つのヴァリアントをつなげた作品です。

英語の原題は、Five Variants of Dives and Lazarus。

長さは15分弱です。

Dives and Lazarusのヴァリアントの1つが、アイルランド伝承曲のThe Star Of The Country Down(ダウン州の星)だったりします。

The Star Of The Country Down自体、4拍子で歌われることもあれば、3拍子になったりもします。

作曲者は、レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ(1872-1958)。

イギリスの作曲家で、第4回および第5回でとり上げたグスターヴ・ホルストと、同時代の人物にあたります。

主要な作品のほとんどは、イギリス民謡を引用したものばかりで、「富める人とラザロの5つのヴァリアント」もその1つ。

ほかには、「グリーンスリーヴズによる幻想曲」、「ノーフォーク狂詩曲第1番」、「イギリス民謡組曲」など。

完全オリジナルの「あげひばり」も、伝承曲こそ使っていないものの、イギリス民謡に特有のメロディのクセを利用して書かれていて、結局ほかの作品と同じようなカラーを出しています。

……どんだけ好きやねん……。

なお、「イギリス民謡組曲」も、第1曲にDives and Lazarusを引用しています。

また、ヴォーン=ウィリアムズはホルストと非常に仲のよい友人で、彼に「サマセット狂詩曲」や「吹奏楽のための第2組曲」など、イギリス民謡を用いた楽曲を書くようはたらきかけたのも彼です。

第5回でおはなししたとおりです。

「富める人とラザロの5つのヴァリアント」は、この動画でご視聴ください。

弦楽器しか使っておらず、かなり神秘的な雰囲気ですよ。

ちなみに、「富める人とラザロ」とは、新約聖書でイエスが弟子たちに聞かせた、たとえばなしです。

「ルカによる福音書」第16章第19節以降に記されています。

内容は、お金もちがラザロという貧乏人に対し何も施しをしなかったため、2人の死後、ラザロはアブラハムのそばで宴席につくことができたが、反対に金もちは地獄で責め苦をうけることになった、というもの。

伝承曲のほうのDives and Lazarusの動画。

投稿者コメントに、歌詞が掲載されています。

アイルランドのThe Star Of The Country Downは、バンブリッジという町の近くで偶然出会った、「ダウン州の星」とあだ名される絶世の美女に、こんどの収穫祭のとき結婚を申しこむんだ、という内容。

聖書に由来する訓話的な歌詞をもつイングランド版とは、エラいちがいです。

ヴォーン=ウィリアムズの作品に関していえば、Dives and Lazarusのイメージのほうが近いかな。

ぶっちゃけると私には、歌詞はともかく、メロディはどちらもまったく同じに聞こえます。

「富める人とラザロの5つのヴァリアント」を収録しているCDで、オススメのものはコチラ。

【グリーンスリーヴズによる幻想曲~ヴォーン・ウィリアムズ作品集】
アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ
指揮:サー・ネヴィル・マリナー
録音年:1972年
レーベル:デッカ

「富める人とラザロの5つのヴァリアント」、商品名にある「グリーンスリーヴズによる幻想曲」以外にも、先述の「あげひばり」と、16世紀の教会音楽にもとづいた「トーマス・タリスの主題による幻想曲」が入っています。
4曲とも、静かで瞑想的な曲調で、クラシックというよりは、リラクゼーション・ミュージックみたいな感覚でたのしめます。