【アイルランド交響曲】オーケストラアレンジで聴くケルト・北欧の伝統音楽

ライター:吉山雄貴

突然ですが、私、交響曲はクラシック音楽の中でも、格別の地位をもつジャンルだと思うのです。

なにせ、評価の高い作品には交響曲が多く、また音楽の教科書に載るような大作曲家は、たいてい交響曲を書いています。

クラシックと聞いて真っ先に思い浮かべるであろう、運命、第九、新世界などといったワードは、すべて交響曲の副題や通称です。

交響曲は、(1)オーケストラで演奏する、(2)長さや楽器編成の点で大規模、(3)形式や構成を重視する、(4)通常4つの部分からなる、などの特徴をもちます。4つの部分の1つ1つを、「楽章」といいます。

実のところ、私は交響曲が概してニガテだったりするのですが、まあそれはさておき……。

交響曲のジャンルにも、伝統音楽を織りこんだ作品が存在します。

それこそ今回とり上げる、その名もズバリ「アイルランド交響曲」

作曲者は、ハミルトン・ハーティ(1879-1941)。

北アイルランド出身です。

ダウン州のヒルズバラという小さな町で生まれ、ベルファスト、ダブリン、ロンドンなどで活躍しました。

「アイルランド交響曲」は、ハーティの代表作。

次の4楽章からなります。

全体の長さは30分あまり。

第1楽章:ネイ湖岸にて
第2楽章:定期市の日
第3楽章:アントリムの丘陵にて
第4楽章:十二夜

下記の動画で、全曲を視聴できます。

https://www.youtube.com/watch?v=g1ILN6pbDBk

補足しますと、アントリムは、北アイルランドの中でも北東部に位置する州、およびその州都の名。

アントリム州の北部および東部が、丘陵地帯となっているようです。

ネイ湖は北アイルランドのほぼ中央にある、イギリスおよびアイルランドで最大の湖。北と東で、アントリム州と接しています。

アントリム高原を形成する玄武岩の陥没によって形作られた、とかなんとか。

十二夜とは、クリスマスの12日後、すなわち1月6日にあたる、「公現日」の前夜のこと。

クリスマスのかざりは、この日に片づける習わしだそうです。

シェイクスピアに同名の戯曲があります。

ともかく、この「アイルランド交響曲」。

全編にわたって伝承曲のオンパレードです。

楽章ごとに、以下の曲を引用しています。

第1楽章:Avenging and Bright、The Croppy Boy
第2楽章:The Blackberry Blossom、The Girl I left behind me
第3楽章:Jimín Mo Mhíle Stór
第4楽章:The Boyne Water

The Girl I left behind meは、本連載の第1回で紹介した、ルロイ・アンダーソンの「アイルランド組曲」の終曲としても、用いられました。

愛されてますね。

それにしてもこの作品、やはり第1楽章が突出してイイ!

私はこの楽章だけで、おなかいっぱいになります。

使用されているAvenging and Brightが、とてつもなくうつくしいんです。

決然とした、ということばがピッタリの悲壮感にあふれています。

歌詞全体を見わたしながら曲名を意訳すれば、「復讐の輝き」といったところ。

これが原曲です。

歌詞はThe Sessionにも掲載されています。内容は、アイルランド神話のディアドラの物語にふれつつ、報復を誓うというもの。

https://thesession.org/tunes/8225

ディアドラは、アルスター王コノールのもとで、将来彼の妃となるべく育てられました。

……どこの紫の上ですか?

ですが彼女は、王に仕えるニーシャ(ノイシュとも)という戦士に心をうばわれ、強引にかけおちを迫ります。

最後は脅迫までされてしぶしぶ同意したニーシャは、コノール王によって罠にかけられ、あっけなく死亡。

ディアドラも自ら命を絶ちます。

ケルト神話にはこのように、臣下が主君の妃を略奪するはなしが、かなり多いです。

なんでも、これがアーサー王伝説のランスロットや、『トリスタンとイゾルデ』に影響を与えているとか。

だがしかし、この歌詞、単に神話を題材にしているだけではないかもしれません。

歌詞に、こんなことばがあるのです。

「エリンのひらめく剣はふり下ろさる」
「コノールの住処に赤き雲ぞ懸かる」
「追憶の故郷こそ甘美なれ」
「暴君に対する報いぞ何物にもまして甘き」。

エリンとはアイルランドの雅称です。

赤はしばしば、イングランドを表します。

第1回で言及した、Wearing Of The Greenという歌でもそうでした。

そしてディアドラもまた、アイルランドの暗喩として用いられます。

そう考えるとあらふしぎ!

この歌、一気にイングランドに対するアイルランドの反抗を決意するものに早変わりします。

故郷が思い出の中にしか存在しないのは、うばわれているから。

暴君はコノールと同時に、イギリス王をも表す、てワケ。

そもそも作詞者のトマス・ムーア。

表向きは神話の時代の回想にみせかけて、実は祖国の独立を訴える詩を、実際に書いています。

Silent O Moyleという歌では、海神リルの4人の子どもたちが、白鳥に姿を変える呪いがとける日を待ち焦がれるエピソードに、自由を渇望するアイルランド人の心情を、重ね合わせています。

ぜったい確信犯(この用法は誤りです)ですって、この人。

また奇しくも、ハーティもまた同じ神話を題材にした交響詩の作曲に着手し、未完のまま世を去りました。

Silent O Moyleの動画。

「アイルランド交響曲」を聴けるCDとしては、なんといっても次のものがオススメです。

【ハーティ アイルランド交響曲 他】
アイルランド国立交響楽団
指揮:Proinnsías Ó Duinn
録音年:1996年
レーベル:ナクソス

指揮者のÓ Duinn。彼の名は、「リバーダンス」のサウンドトラックにも、記載されています。

――リバーダンス・オーケストラの指揮者として。

まさか同姓同名、同じ職業の別人、なんてコトはないと思います。

アイルランド人がアイルランド伝承曲をちりばめて書いたオーケストラ曲を振るのに、これ以上の適任者は、見あたりますまい。

また、「アイルランド交響曲」のほかにも2点、ハーティの作品が収録されています。