【メルマガ:クラン・コラ】Issue No.241

アイリッシュ・ミュージック、ケルティック・ミュージックを中心としたヨーロッパのルーツ音楽についての情報、記事、読物、レビューをお届けする月2回発行のメールマガジン「クラン・コラ」。

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クラン・コラ Cran Coille:アイルランド音楽の森 Issue No.241

アイリッシュ・ミュージック・メールマガジン 読み物編
Editor : 竹澤友理
February 2017

こんばんは!最近は日中に春の兆しを感じることが多くなりましたね〜

クラン・コラ2月号読み物編のEditor’s Choiceは、12月号から引き続きケルト音楽に取り組む若者の特集企画です。

今回3人目にバトンを繋いでくださったのは、ご自身でケルト音楽をベースに創作アレンジ、ネット上でも精力的に活動されているフィドル、ギター奏者の福井健太さんです。

また、今回復刊以降初めて、ケルトの笛hataoさんが読み物編に寄稿してくださいました。

おおしまゆたかさんの原稿は再来月から再開の予定です。

合わせてお楽しみください!(竹)

5年で変わったこと3:field 洲崎一彦

昨年10月にこのクランコラが復刊し、読み物編が11月から復活しましたが、私はその11月、12月に渡って、クランコラが休刊していた5年という時間の中で微妙に変化して来た国内のアイルランド音楽状況について述べました。今回もその続きを書いてみたいと思います。

11月号には私の個人的な変化を、12月号には私の周辺の変化を述べましたが、12月号の終盤には私が営んでいる京都のアイリッシュパブが国内のアイルランド音楽状況に対する影響力としてはすでにもうその役割を終えたのではないかという少々悲観的なトーンでの物言いになってしまいましたので、誤解の無きようにこのあたりをもう少し丁寧にお話ししたいと思います。

京都に初めてのアイリッシュパブを開店した2000年の頃は、私自身もアイルランド音楽初心者でありましたし、この看板につられてご来店いただける同好の諸先輩方にいろいろと教えを乞おうという、店はこのような私の個人的なもくろみの装置でもありました。

開店当初はまさにもくろみどおりに京阪神津々浦々から同好の諸氏がおいでくださいましたし、開店から半年も経たないうちにアイルランド本国からアルタンの皆さんの訪問を受けるなど、私のもくろみもとんとん拍子に運びました。

そこでの私の感想は、自分の密かな趣味であったこの音楽にこれほどまで同好の方が存在したのか!という驚きでした。それまでは、身内のパーティ等で演奏してもほとんど興味を持ってもらえないという日々を過ごしていましたので、これは驚きであり大きな喜びでした。

この喜びは、引きこもりッ子に突然大勢のお友達ができたかのようなショッキングな驚きであって、密かな楽しみは大勢の人達と分かち合った方が何倍も楽しい!という、一種当たり前の事実に驚愕した瞬間だったように思います。

そこからは、この音楽は広めなければないない!との使命感に燃えて、パブ開店とほぼ同時に知り合った立命館大学の民族音楽サークルの学生さんたちと一緒に「アイルランド音楽研究会」という街のサークルを作って馬車馬のようにただ前だけを見て走ったものでした。

そんな中で、数年後に最初の変化がやって来ました。それは、アイルランド音楽に少しづつ需要が出て来たことです。京阪神にはアイリッシュパブが何軒も出来て、各店での演奏の需要。また、大規模テーマパークでの需要もありましたし、他方でアコースティック音楽全般のカフェライブブームが到来したことも大きな雰囲気の変化でした。

これら自体はこの音楽の普及という面では非常に良い方向であると思い、当時はこんな状況をわくわくして眺めていたものでした。

さて、ここで、誤算が出始めます。こういう需要の一部ではギャラが発生したのです。それも黎明期の頃のギャラは今から思うとかなり恵まれた額でした。そこで、いわゆる、お仕事としてのシステムがまったくゼロの状態でこれらを交通整理する人も組織も存在しない中、ギャラの良い演奏の独占欲や利害のからみによって、同好者同士の風通しが一気に悪くなります。

加えて、当店に関して言えば、後発のライバル店が次ぎ次ぎに誕生し、当店のセッションではライバル店の名前が出るような話題を皆さん避けるような空気が蔓延して行きます。この事も、風通しの悪さにさらに拍車をかけて行くことになり、当初はあらゆる情報を共有していた同好者達のヨコの広がりがブツブツ切れて行くのでした。

だんだん、私自身もアイルランド音楽の演奏者というよりもパブの経営者としてしか見られなくなって行き、一時は独特の疎外感を感じた事があり、わざわざ、そのようなライバル店に自ら演奏に行くというような挙にも出たものですが、やはり、私はあくまでパブの経営者という立場に周囲から押し込められてしまう構造を実感するのでした。

今では、これは、しょうがない事だと理解していますが、当時はけっこう悩んだものです。

そして、この期に及んで、fieldアイルランド音楽研究会も、ただ、自分の店の宣伝をしたいのだろうと解釈する一部の人々に撹乱されて、それまでの研究会のいろいろな活動もスムーズに運ぶことが難しくなって行きます。

せっかく、大学の民族音楽サークルの学生さんたちと何年も培ったアイルランド音楽大好きムードは一気にしぼんで行き、このサークルの学生さんたちもいつしかジプシー音楽や北欧音楽と行った方向に傾倒して、一時は全く縁が切れてしまう時代もありました。

この頃、耳にしたのが、東京芸大にアイルランド音楽のサークルが出来た!というニュースでした。少ししてこれを立ち上げた創始者である豊田さんのバンドにもライブに来ていただきましたし、元は京都で活動していたトシバウロンさんが東京でこのサークル周りの人達と活動し始めたことが縁でいろいろな情報が私の耳に届くようになりました。

この少し前までは、東京の同好者の若者が京都を訪れては、東京にはアイルランド音楽をやる若い人達がいないので京都がうらやましいとぼやいておられたのです。が、これ以降その状況はまったく逆転します。

このサークルの功績は本当に素晴らしいと思います。東京圏のみならず、春のミュージックキャンプを通じて、彼らは全国の若者達にアイルランド音楽を広めました。これ以降、全国の大学にアイルランド音楽のサークルが次ぎ次ぎに生まれて現在にいたっています。

これでいいのです。私はアイルランド音楽の愛好者が増えてくれればこんなに楽しい!から始めたに過ぎません。が、いろいろな挫折を味わった。しかし、彼らがそれを成し遂げて、さらに現在もその活動を続けておられます。それで、同好者が確実に増えて行っている。この事実は非常に嬉しい事です。

そして、全国の若者たちが京都旅行のついでにでも当店を訪れて、このアイルランド音楽好きなおっさんの話し相手をしてくれる。一緒にセッションをしてくれる。これほど嬉しい事はないではありませんか。

これが、近い将来の、ゆるいfieldアイルランド研究会とゆるいIrish PUB fieldのホンワカしたビジョンだと、私が夢見ている昨今なのです。

だから、ちっとも悲観的ではないのですよ。ありがとう!豊田さん!(す)

ティンホイッスルの秘める可能性:ケルトの笛 hatao

クラン・コラをお読みの皆様、こんにちは。ケルトの笛のhataoです。

15年ほど昔、僕が学生時代に熱心に読んでいた「クラン・コラ」が復刊し、嬉しく思っています。編集をつとめてくださる竹澤さん、いつも大変な編集作業をありがとうございます。

さて、旧クラン・コラに時々寄稿していた私ですが、その中で「国産アイリッシュが世界に進出する日を楽しみにしている」という記事を書いたことがありました。

当時の自分を振り返ると若造の身分で偉そうに言っており恥ずかしいですが、あれからずいぶんと日本のケルト音楽シーンの景色が変わりましたね。

日本人アーティストが海外でCDを発表したりコンサートしたり、反対にアイルランド人アーティストが頻繁に来日して日愛混成チームでコンサートをすることも盛んになりました。日本のケルト音楽は幸せな成熟期を迎えています。

そんな15年間、僕は変わらず同じことをテーマに活動してきました。

それは「ケルトの笛」を日本に広めて、音楽の楽しみを伝えてゆくこと。ケルトというと大雑把ですが、それはアイルランドだけではなく、各国のケルト系音楽の管楽器も大好きだからです。演奏やレッスンのほかに、教本を書いたり楽器を販売したり作編曲したりしています。

その活動の原点は19歳の時のティン・ホイッスルとの出会いでした。

素直で素朴で愛らしい音色、安くて小さいのにアイルランドのたいていの曲は演奏できてしまう。その魅力に取りつかれて練習を始めたときの楽しさを今でも覚えています。そんなシンプルなティン・ホイッスルを魅力あふれる魔法の楽器に変えてしまうMary BerginやPaddy Moloneyは僕にとって永遠のスターです。

先日、幸運なことにBS音楽番組「おんがく交差点」に出演させていただく機会があり、Feadogというアイルランドのティン・ホイッスルを司会の春風亭小朝さんとヴァイオリニストの大谷康子さんにプレゼントし、その魅力についてお話しました。番組で伝えたかったメッセージは、ティン・ホイッスルがあれば音楽をするのにたくさんのお金や特別な訓練は必要なく、だれでもいつからでも簡単に楽しむことができ、自分を表現し、人と楽しい時間をすごすことができるということです。

ティン・ホイッスルはアイルランド音楽で一番盛んに使われている楽器ですが、生まれはイングランドですし、本来は工業製品ですから、楽器そのものには何の色もありません。ですから伝統音楽に限定せずに、自由な発想で好きなように楽しめばよいのです。

僕は2012年に震災ボランティアに行き、自分の肉体的にできることの限界を感じたことから、2013年に無料のティンホイッスルの教本冊子を作って、10,000冊無料配布するボランティア活動をはじめました。自分にできる最善のことで世の中を少しでも明るくしようと思ったのです。最初は届いた大量の段ボール箱に圧倒されましたが、先月、それをすべて配布し終えました。

今は3,000部を重版し配布活動を継続、シリーズ第2巻を製作しています。

これからも日本でティン・ホイッスルがもっと多くの人に親しまれるように、自由な発想と遊び心を大切に、新しいことをしていきます。次の計画は、ティン・ホイッスルだけのアンサンブル「ケルハモ」の楽譜出版や、これまでになかった新しい編成でのティン・ホイッスルを使った音楽の制作、国産のティン・ホイッスルの製造です。

これまで音楽に親しんでいなかった方も、ぜひ「いまさら」などと言わず、ティン・ホイッスルで音楽を楽しんでくださいね。

ケルトの笛 hatao
Paddy Moloney & Sean Potts “Tin whistles”(1974)を聴きながら。

http://www.irishflute.info/

「歌」と「楽器」の耐久力:上岡 淳平

アイルランドのようにめまぐるしい歴史を辿っていると、次々と伝統が
失われ、文化や人種が衰退して、新しい何かがそれらに取って代わって
いきました。

そんな荒波にもまれてる、なう。と想像してみましょう。
そんな状況下にあったとして、歌と(楽器)演奏の「淘汰されないため
の耐久力」はどれぐらい違うものでしょうか?
答えはカンタン、歌の方が圧倒的に早く衰退していってしまうんだ。

アイルランドに住む人たちが本来話していたのは「ゲール語」という言
葉だけれど、国内で何かしら問題が起こる度に当時実権を握っていた英
国は、彼ら寄り(英語話者でプロテスタント)の人たちが優遇され、ア
ンチ英国連中(ゲール語話者のカトリック)は冷遇されてきた。
だから、ゲール語を理解できる人が次々といなくなっていく中で、どう
したって「歌」は生き残れない。

楽器の演奏って、母国語に依存しないフリーダムな感じがしませんか?
楽器ひとつで世界中回っても、フレーズさえ覚えたら現地の人に混じっ
て演奏することができる。

でも歌は、言葉がわからないと、意味を理解しないと、そしてその歴史がわかってないと難しい。

身一つで音楽を奏でるって、やっぱり難しいんですね。

そんなわけで、昔の人が聴いていた、歌っていた曲ってのは、日に日に少なくなっていることだと思います。

そんな中、アイルランド中で日常的にゲール語が話されていた時代から現在に至るまで、一切楽譜などに頼らず口承によってのみ伝えられている歌があります。

それは非常に神秘的な伝統歌「シャーン・ノース」です。

シャーン・ノースは歌うスタイルの形式の名前で、ほとんどの曲はゲール語で書かれています。そして何より特徴的なポイントは、「ひとりで無伴奏で歌う」というところにあります。

百聞は一見に如かず、まずはぜひ下の動画で実際のシャーン・ノースをお聴き下さい。

世界の発展の中で楽譜文化が生まれ、アンサンブルや和音が開発されていく中で、このシャーン・ノースはそのいずれの分野の利便性にも揺らぐことなく、口承によってのみ子孫に伝えられている、純粋で始原的な歌唱形式を守っています。

さぁ、こんな風に歌うにはどうすればいいでしょうか??

歌詞を覚える、音階をなぞる、楽譜で書いてみる…?これらを実践したとして、この動画のように果たして歌えるでしょうか。きっと難しいと思います。

シャーン・ノースは習熟するのが恐ろしく難しく複雑な形式である、と地元の人にも言われています。この動画の演奏のように、理屈では語れない世界観、教則本では習えない音楽観というのは、まさに「神秘的」です。

これらの歌が受け継がれている地域は、アイルランドの中でもゲール語話者が暮らす地域ゲールタハトに限られているそうです。そして、そこに住み、こうした伝統を受け継いでいる人たちは「(歌が)昔のものほど豊かではなくなった」と危惧しているそうです。

シャーン・ノースの伝統を残すには、歌い手を育てる、歌を保存する(もしくは復元する)、ゲール語話者を増やす、ゲール文化を残す…とかなり大変な道のりが待っています。かつて西の端っこと言われていた小さな国で、そうやって頑張りながら今日もおじいちゃんにシャーン・ノースを習っている子ども達がいるでしょう。

東の端っこと言われていた日本に住む私たちにできることは、そういった伝統を受け入れ、聴きたいと願うことではないでしょうか。そして私たちの周りに、今まさに消えようとしている伝統がないか、今一度目を凝らしてみたいものですね。

★Editor’s Choice★・フォークメタルのすゝめ:福井 健太

「これぐらいやったら俺でもできそう」

私が中学生の時、初めてアイルランド音楽を聞いて発した感想らしいです。らしい、とあるように自分では覚えていなかったのですが、先日フィドラーの功刀武弘さんに指摘されて判明しました。

元々私の父親が功刀さんのファンで、車などでもCDをよくかけていたのでそこから私もアイルランド音楽に興味をもつようになりました。父はよくライブにも足を運んでいて、おそらくそこで「家の息子もバイオリンをやっていて…」という話でもして上記の発言を伝えたのでしょう。たしかに私には小学生の間だけですがクラシックバイオリンの経験があるので、表面的に見ればアイルランド音楽は簡単に思えたのかもしれません。しかしながら功刀さんまで伝わっていたとは戦々恐々です。

その後京都の大学に進学した私はヘヴィーメタル、ハードコアパンク専門の軽音サークルに入るなど、紆余曲折を経て最終的にケルト音楽を含めた民族音楽サークルに落ち着き、市内のアイリッシュパブで催されるセッションにも通うようになりました。セッションというものは本当に様々な人が集まるところで、楽器の経験年数や歳の序列に関係なく対等に楽しむことができる点が魅力的です。私はプレイヤーとして参加することが多いですが、リスナーとして聴きに行くだけでも面白いと思います。なによりライブではないので、演奏者との距離が近いというのもまた一つの良いところでしょう。

さて、ここまで長々と私の自己紹介とアイルランド音楽について書きましたが、ここからが本題です。今回はケルト音楽という大きなジャンルに関連して皆さんにおすすめしたい音楽があります。それは「フォークメタル」と呼ばれるものです。怖そうな人達が大音量でエレキギターをかき鳴らし、ヘッドバンギングするあのメタルの一派です。一見ケルト音楽となんの関連も無さそうに見えますが、このフォークメタルは世界の民族音楽、文化の要素を取り入れており、各バンドにはギターやベースに並んで民族楽器が入っている事が多いです。今回はそのフォークメタルのサブジャンル、ケルティックメタルについてお話したいと思います。

まずおすすめしたいのが「Eluveitie」です。スイス出身のバンドで、ブズーキ、イーリアンパイプス、フィドル、ハーディガーディ等、とにかくケルト系の民族楽器が目白押しです。彼らの魅力はモダンなメタルサウンドとトラディショナルな民族楽器のサウンドの絶妙な融合にあります。しっかりと民族楽器が主張しながらも陽気な雰囲気になることはなく、激情的ながらどこか寂しい、所謂「エモさ」を感じ取ることができます。ボーカルは男性のグロウル(デスボイス)がメインで、曲によってはハーディガーディ担当の女性(現在は脱退)がリードボーカルをとることがありますが、どちらのボーカルでも「Eluveitie」の一貫した世界観を感じ取ることができます。

打って変わってスペイン出身の「M?go De Oz」は、民族楽器による牧歌的な明るさを前面に打ち出した楽曲が多いバンドです。フルートとフィドルが在籍し、ギターのバッキングの上にキャッチーなメロディーを重ねています。スペイン国内においては非常に有名で、日本で言うB’zと同じぐらい国民的なバンドであるようです。しかし、アルバムのジャケットにはしばしば男性器の絵が紛れ込み、ライブステージではマスコットキャラクターとしてリアルな造形をした男性器が舞い踊っているなど、よもや国民的であるとは思えませんがそこはスペインのお国柄なのでしょうか。曲によっては20分を超えるものもあり、さながらミュージカルのような場面展開がなされる大作も聴きどころの一つです。尚、歌詞はほぼ全てスペイン語のため内容は全くわかりません。

続いて、イギリス、オーストリア、アメリカ等、様々な国のミュージシャンが集って結成された「CELTICA」をご紹介します。彼らの音楽性はスコティッシュ等のトラディショナルなスタイルを踏襲しているといえます。キャッチフレーズを「Pipes Rock」としているように、メンバーにはグレートハイランドバグパイプが2人在籍します。パイプがユニゾンで奏でるメロディーは圧巻で、衣装もキルトやスポーランと呼ばれるスコットランドの伝統衣装を模したものを着用、メタルといえど本格的・伝統的なスコットランドのサウンドを響かせています。

最後に、私がフォークメタルを聴くきっかけの一つにもなった「Waylander」です。北アイルランド出身でブラックメタルの要素が強く、良い意味で泥臭いバンドです。ティンホイッスルとデスボイスの共存という面白い構図が特徴です。楽曲的にも暗い曲が多いのですが、そのなかで突如ティンホイッスルの突き抜ける陽気な音が聞こえ、決してミスマッチではない不思議で新鮮な耳触りです。特に「Born to the Fight」という曲は土着感のある荒々しいサウンドで、彼らの代表曲でもあります。

今回ご紹介したのはケルティックメタルの中の極一部に過ぎません。まだまだ素晴らしいバンドはたくさんありますし、ケルトに限らず民族音楽や民族文化を礎とする音楽は世界中に山ほどあります。同じフォークメタルのサブジャンルで、ヴァイキングや北欧神話をモチーフとしたヴァイキングメタルと呼ばれるものがあり、ヨイクという伝統的な歌唱法が用いられることもあります。一方、中東やマグレブの地域では独特で少し怪しげな雰囲気のメロディーや、トランス状態に陥るとされる伝統音楽「グナワ」等を大胆に取り入れた、オリエンタルメタルと呼ばれるジャンルもあります。本稿をご覧になるのはケルト音楽を嗜む方が多いと思いますが、たまには全く違う地域の曲を聴いてみるのも新しい発見があって面白いものだと思います。特に世界各地の民族音楽、文化を起点とし、現代のエレクトリックサウンドとの融合を図ろうとするフォークメタルは温故知新を体現していると言えるでしょう。

サークルってなんだろう:竹澤 友理

お久しぶりにこちらで筆を取らせていただきます、竹澤です。

先日、私の所属しているケルト音楽と日本のちんどんに取り組むサークルで、追いコンを終えました。お世話になった4回生をいよいよ追い出すということで、私たちは思い思いにそれぞれのバンドで先輩への感謝や思い出を語り、演奏をしました。今回追い出した先輩方は私のひとつ上の代のみなさんで、1回生のころからサークル活動を通して傍にいるのが当たり前だった方々。今年入った後輩たちも含めて、みんなが感慨もひとしおで追いコンは温かく幕を閉じたのでした。

卒業生は、追いコン後学生会館で顔を合せることも少なくなり、毎年「ああ、いなくなってしまったなぁ」と寂しく同期と話したりして、いつの間にか新歓に忙しくなり。そう思うと、きっと来年の今ごろなんてあっという間だろうなと思いつつ、いままでの3年間を振り返っていました。

「なんのためにサークルやってるのかな」

サークルや何かしらの集団に属したことのある人ならば、きっと一度は思ったことがあるでしょう。私は1、2回生のときに非常にこのテーマに悩まされました。

ビラの可愛い絵柄につられて入部したときの気持ちのままで、3年間を過ごすことはもちろんできませんでした。サークルのことはずっと好きでしたが、外部に足を運ぶほどに、「もっとこうあるべきなのでは」と背伸びしたい気持ちに引っ張られて、大事なはずの足の裏が着いている場所を疎かにしてしまうようなことも、たくさんしてしまいました。

音楽サークルにはよくあることだよ、とコメントされてしまえばそれまでのことなのですが、私は授業に通うよりも真面目に、シリアスにサークルに向き合ってしまっていたので、自分の中ではなかなかの大ごとだったのです。

1回生の終わりごろ、ちょうど今頃の時期に、当時の先輩方に「君はここで何をしたいんだ」と問いかけをよく頂いていたのを思い出します。2回生のころは、常に同じ問いを自問し続けました。3年目のいまになって、何も考えなくなりました。考えなくても良くなったということなのだと思います。

ケルト音楽は多彩な側面を持っています。関わる人たちは各々独自のアプローチで魅力を発見し、実際に取り組んだり、聴いたり、調べたり、創作をされていることと思います。切り口が個人的で多彩だからこそ、このジャンル独特の繊細さも生まれるのでしょう。ゲーム音楽などの側面では非常にメジャーなように見えながら、やはりどこまでもニッチな音楽ジャンルだと思います。「サークル」という集団単位でこのような音楽に取り組むことは、今後も音楽活動を続けていこうとする者にとって、多くの重要なことに気づかせてくれた体験でもありました。

タテに突き抜けながら、ヨコとしっかり繋がっていること。

私たちの追いコンに話が戻りますが、4回生の先輩方からこのような言葉をいただいたことが印象に残っています。

「人に優しく、そして突き抜けていってください。」

サークルとはまさに、それを実践することのできる場なのだと思います。(竹)

編集後記:竹澤 友理

大島さんの連載が来月までお休みになるという連絡を頂き、急遽hataoさんから原稿をいただき今月号を編集させていただきました。こうしてできあがった誌面を読み通してみますと、たまたまではありますが、一つの大きなテーマのようなものが浮かび上がってくるように思います。

私はまだ未熟者の学生ですが、自分にとって「音楽」という単語の占める割合が次第に膨張していくにつれ、やはりさまざまな考え事をします。この誌面のように、ケルト音楽という一つの日本語に対して個人で積み重ねてきた何年もの歴史や、最初の切り口、考えることが交錯しながら文化を作っていく途上にあるのが、まさに私たちの現状だと感じました。そんな2月号です。

3月からはEditor’s Choiceの方の趣向を少し変えていく予定です。僕 / 私もケルト音楽やケルト音楽に取り組む活動について、書きたいことがある!という方は世代を問わずお気軽にご連絡くださいませ。お楽しみに!(竹)

クラン・コラ:アイルランド音楽の森(月2回刊)

★クラン・コラでは読者の皆さまから寄稿を募集します。ケルト音楽やヨーロッパの伝承音楽について、書きたいテーマでお寄せ下さい。詳しくは編集部までご連絡ください。

クラン・コラ:アイルランド音楽の森(月2回刊)
発行元:ケルトの笛屋さん
Editor : 竹澤友理

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「クラン・コラ」とは

日本のケルト音楽普及に尽力されたライターのおおしまゆたか氏と、京都でアイリッシュ・パブ feildを経営する洲崎一彦氏が編集し発行されていた、国内におけるケルト音楽の情報を網羅したメールマガジン「クラン・コラ」。

2011年に一度休刊しましたが、5年の沈黙を経て2016年に復刊!
編集・発行をケルトの笛屋さんが引き継ぎ毎月2回のペースで発行中です!

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