鷺巣詩郎のDerry AirおよびAuld Lang Syne

ライター:吉山雄貴

今回はいつもとはおもむきを変え、非クラシック音楽の作品のおはなしです。

ジャンルは……、アニメ音楽!

なにも今にはじまったことではありませんが、アニメへの民族音楽の進出がいちじるしいです。

早くも、ジブリ映画「耳をすませば」(1995年。音楽は野見祐二)のサウンドトラックのライナーノーツに、ケルト音楽への言及がみられます。

実際に映画のクライマックスの、あのセッションのシーンで演奏されていた楽器は、ケルト音楽ではなく古楽のものです。

が、のちの「ゲド戦記」や「借りぐらしのアリエッティ」のことを考えると、この時期から注目されていたのかもしれませんね。

「魔法遣いに大切なこと」(2003年。音楽は羽毛田丈史)では、劇中のBGMに、ホイッスルやアイリッシュ・フルートなどが使われています。

のみならず、Over The Moor To Maggieという、アイルランドのリールが流れる場面もあります。

Over The Moor To Maggieの動画。

サントラの音源ではありません。

最近私がどう目させられたのは、「ガールズ&パンツァー」(2012年。音楽は浜口史郎)。

この作品。登場人物のそれぞれが、いずれかの国の戦車を乗りまわすという設定らしく、BGMのうちかなりの割合を、各国の行進曲が占めます。

そしてどういうワケか、本物の行進曲ではなく、民謡を行進曲風に編曲したものも、少なからず用いられています。

私が知っているものだけでも、アメリカ民謡2曲、ロシア民謡2曲、イタリア民謡(元CMソング)1曲!

挙げ句の果てに、Säkkijärven polkkaなるフィンランドのポルカまで、登場する始末。

なんでも、劇中で登場人物がカンテレでひいたっぽい。

アニメ自体は観ていないのに(私の住む地域では放送されない)、サントラだけ一気に愛聴盤の1つになりました。

Säkkijärven polkka。

これも、劇中で用いられたのとは、別の音源です。

さて、90年代を代表するアニメに「新世紀エヴァンゲリオン」(1995年)があります。

音楽は鷺巣詩郎(b.1957)。近年も、映画「進撃の巨人」(2015年)や、「シン・ゴジラ」(2016年)のスコアを手がけています。

エヴァンゲリオンは社会現象を引きおこした作品なだけあって、CDの商品の点数も、おびただしい量にのぼります。

その中で、伝統音楽が含まれているのが、下記のもの。

【OUTTAKES FROM EVANGELION】

これは、アニメのBGMに使用する楽曲として用意されながら、実際には不採用になってしまったものや、オーケストラの演奏と合唱を別々に録音して、それを編集で1つに混ぜ合わせる前の段階の音源などを、集めたディスクです。

製作段階で未完成の状態のものさえ、商品化しうる程度の需要が見こめるなんて、さすがエヴァって気がいたします。

で、これになんと、Derry AirとAuld Lang Syneを、オーケストラで演奏するようアレンジしたものが、収録されています。

Derry Airは、なにかのイベントで上映された短いアニメーションにおいて、実際にBGMとして用いられたもよう。

ロボットアニメのエヴァンゲリオンに、Derry Air。

一見、ミスマッチに思えます。

ところで、上述のアニメーション。

タイトルを、Until you come to meといいます。

これは、Danny Boyの歌詞の最後の部分。

とても古く、作者も分かっていないDerry Airには、昔から何通りもの歌詞がつけられてきました。

Danny Boyは、そのうちもっとも有名なもののタイトル。

今や、この曲そのものの名前として、Derry Airよりもこちらのほうが、広く通用していると思われます。

作詞者は、イングランドの作詞家フレデリック・ウェザリー。

内容は、「あなたが帰ってくるころには、私はもう生きてはいないだろうけれど、あなたはきっと私の墓所を訪れて、『愛してる』といってくれるから、それだけで私は安らかに眠ることができる」、というもの。

一般に、出征する息子に対する母の気持ちを歌ったものだ、といわれています。

その戦争について、アメリカの南北戦争だとか、IRAであるとかいったことが、まことしやかに語られています。

母ではなく父の心情を表している、という記述もみかけました。

ちなみに私、対訳を見ながらこの歌を聴いたとき、不覚にも泣きました。

この歌とエヴァの接点として、1つ思い浮かぶのが、コミック版の最終話。

エヴァはアニメ版、劇場版、コミック版とで、それぞれ物語の展開が大きくことなります。

そのうち、貞本義行氏によるコミック版は、アニメの放送開始よりも前から連載がスタートしていたにもかかわらず、数次の中断を経て、完結までに20年近くの歳月を要しました。

そのコミック版の最終話が、2013年に発表された際は、ヤフーニュースに記事が掲載(しかも複数!)されるほど、話題になりました。

その最終話の内容が、Danny Boyの歌詞と微妙にリンクしている。

そんなふうに感じるのです。

この場であらすじをおはなしするワケにはまいりませんが、興味のあるかたはぜひご覧ください。

Derry Airのアレンジは、それほど大きくは盛り上がらない、しっとりした雰囲気のものでした。

一方のAuld Lang Syne。これは第5回でも言及したとおり、「蛍の光」のことです。

こちらは、「オーケストラの醍醐味ここにあり!」といった感じの、壮大な楽曲に生まれ変わっています。

特に最後の部分。

スネアドラムを率いて、ハイランド・パイプス隊が勇ましく行進します。

そして金管楽器がこれと、縫い針のように絡み合います。

めっちゃカッコいいです。

ライナーノーツでは、鷺巣詩郎氏がじきじきに、「『蛍の光』史上最高の名演」といった趣旨のコメントを寄せています。

このおかた、ご自身がかかわったサウンドトラックのライナーノーツは、たいがい自ら記しているのですが、その際、口をきわめて演奏者のことをほめるほめる。

あたかも、楽曲に対する理解力と演奏技量を両立しうるミュージシャンが、世界中さがしてもほかに誰一人いないかのごとく、激賞するのです。

あまりにも着飾ったコトバが並び、「こりゃいくらなんでも過剰やろ」と感じることもしばしば。

が、このCDに収録されたAuld Lang Syneに関しては、まぎれもない真実を述べています。

こんなに勇壮なAuld Lang Syneは、それまで聴いたことがなかった!

ところで、「エヴァンゲリオン」と「進撃の巨人」と「シン・ゴジラ」の音楽はすべて、同じオーケストラが演奏しています。

名前は、The London Studio Orchestra。

鷺巣氏が書いた音楽以外では、いちども耳にしたことのない楽団です。

London Symphony Orchestra(ロンドン交響楽団)なら、知ってるんだけどな。

同様に、指揮者も毎回同じ人で、Nick Ingmanといいます。彼は、かの「リバーダンス」において、ビル・ウィーランの書いた原曲に、オーケストラで演奏するための編曲をおこなった人物。

彼とのやりとりを通じて、鷺巣氏がケルト音楽に関心をもったのかな、と私などは想像してしまうのですが、もちろん憶測の域を出ません。