【第5回:移民アイリッシュはたくましい、というお話】アメリカ・カナダとケルトのこじつけ旅行記

アメリカに移民して、割とパシリに使われがちだったアイリッシュが見出した勝機、それがカトリック文化の構築だったというお話を前回してみたわけです。

そして、アイリッシュには実はちょっとした国民全体の強みがあったんです。

それは政治活動が結構得意だった、ということです。

くしくもジャガイモ飢饉発生で失敗しちゃいましたが、常に英国からの独立を企み、計画し、時に穏便に、時に過激に行動を起こす人たちもたくさんいておりまして、その度に応援したり一緒に活動したり、そういった地道な政治活動が生活に馴染んでいたわけですね。

その経験を生かしまして、入ったお金はいい感じに流す(ただし流す先は同胞が多め)というややグレーだけど支持を集めるには超効果的な方法なんかを駆使したりして、なんなら街のシステム・政治ごと掌握してやろうじゃないか、そんなちょっとした強欲っぷりも発揮するようになります。

その中でもやりすぎちゃった人たちは、「アイリッシュ・ギャング」と呼ばれるようになるわけですが。(ボストンもシカゴもギャングの街でした)

そんなちょいワル手腕なんかもあるんで、例えばアイルランドの大事件イースター蜂起があった時なんてのは、シカゴに住むアイルランド系はとにかくアイルランド軍を支援する活動をしていたんだそうです。

そんな感じで、もう何代もアメリカで生まれていても、祖国に何かあった時には団結して助けちゃうよ精神は、移民アイリッシュの強さのひとつでもあるわけですね。

でもこれが、反対に平和が続きますと「祖国アイルランドのために」なんてことをあまり考えなくなって、一時期スンとアイルランド熱が冷めた時代もあったそうです。

でもそんな時に、今度は平和的な方法でアイルランド愛を蘇らせたアイルランド系のシカゴ人がさっそうと登場するんです。

その人物の名はマイケル・フラットリー

ご存知ですか?

知らない人も多いと思いますが、実はこの御仁、あの「リバーダンス」の振付師かつ、初代リードダンサーなんですね。

「リバーダンス」はアイルランドの伝統音楽に乗せて、移民アイリッシュのアメリカでのあれやこれ、そしてアイリッシュのアイルランド愛をダンスで表現した本当に素敵なステージなんです。

こちらが世界的に大ヒットしまして、退っ引きならない事件が起きなくても祖国アイルランドを思い出し、団結するという素敵な習慣が生まれたんだから、いいお話ですね。

旅行記の途中にしては、ちょっと文章量の多いケルトのこじつけ話でした。